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<<   作成日時 : 2010/02/27 08:34   >>

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高見城から北末端の穂壷城に至る丘陵上に点在する高見城砦群のなかで、穂壷城・妙見砦・泉山城(砦)・谷屋砦(鴨野城)は「丹波志」等に城砦名だけは出てくる。其の中でも泉山城だけは、南北朝期初期の建武年間(1334〜38)高見城(佐野城)は丹波守護・仁木頼章の城として頼章の家臣が拠り、泉山城(泉山砦)には頼章の弟・仁木四郎源(和泉守)義長が一時期在城していたとも 伝えられます。
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「沼貫(ぬぬぎ)村史」によると一次:伊勢に敗走するが康安元年(1361)には再度:佐野城(高見城)に帰ったと言い、貞治3年(1364)丹波守護職になった?と有り、仁木頼章の子:義尹(よしただ)と話が混在しているようですが、兄弟は行動を共にしていたものか?仁木義長は応安7年(1374)に卒し、稲畑谷屋の宝光寺に祀られ稲畑谷垣氏の遠祖とされます。
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伝承とはウラハラに泉山城の位置や城砦遺構はよく判らない!!。和泉神社南上の稜上には鞍部に竪堀状の溝か山道?が左右に有るだけ!!。送電線NO89鉄塔の建つ193mピークの尾根北側に数段の平坦地と土橋付堀切状を見る。南の鴨野城との間ピークにも藪中だが広い平坦地があり泉山城の南郭とも思える。南北朝期の山城に明確な城遺構を期待はできない?が、戦国期にも穂壷城攻防に関連した砦跡であったと考えられ、泉山城を193mピークの平坦地形に比定しておき、城郭研究・調査の専門家に築城時期や目的・改修の有無等の調査確認を御願いしたいところです。

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