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zoom RSS 光山寺砦 神戸

<<   作成日時 : 2011/02/27 20:13   >>

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神戸市北区の大沢(おおぞう)町には、開創・開基の年代等詳細は不明ですが、真言宗石峰寺の末寺として創建され、七堂伽藍塔頭堂宇を誇る巨刹:般若山光山寺が在ったと伝えられていました。しかし戦国時代・羽柴秀吉軍による「三木合戦」の余波を受けてか?、兵火により全山焼亡し灰塵に期したという。
 土塁・空堀の10m程斜面上部が三等三角点:日西原の山頂です。古墳の周濠とも思えず!!
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北区から三木城へ向かう途中に淡河を通る・山陽道へ通じる要衝!!。三木城主別所長治とは婚姻関係にある淡河弾正忠は智勇に優れた武将です。光山寺は此の淡河城を攻める秀吉軍により火をかけられたとされています。弾正忠は天正7年・城を捨て三木城に篭城・同年:大村砦等での合戦に自刃、翌8年三木城開城で三木合戦は終決します。光山寺は市や地元のWebや案内板等に、城塞を認識した記事は見当たりませんが、近在の西浦城や貫主山城ともに、光山寺砦が呼応してか?・対峙していたのかも不明ですが、最終には三木城別所氏方の城塞群の一つにあって,秀吉軍に責められたものか?。殆ど地元で歩道の整備管理された「大沢ふれあいの森」ですが、「近畿自然歩道・太陽と緑の道」案内板により光山寺(こさじ)山を目指します。
     修行大師像の立つ平坦地形(最上部・ 手前は土塁虎口状?)
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観音堂から下る整地された?広い鞍部も寺跡の様。遊歩道は3等三角点(点名:日西原)の南東側を捲くが、西から北側への裾を土塁・空堀が円墳の周濠の様に半周する。続く大師修行像の立つ曲輪の東面(遊歩道側)は切岸!!?
。大師像の背後は1m程低く細長い平坦地だが、北西側に低土塁が延びる。北西端から尾根続きは比較的緩斜面?を下るが、踏み跡の通路が虎口状の土塁に挟まれた間を抜ける。城砦遺構なのか、思い過ごしの未誤りなのか、調査された結果の県遺跡分布図なので、郷土誌史等の報告資料や内容を見られる機会があれば良いのですが・・ 

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