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zoom RSS 興禅寺 丹波市

<<   作成日時 : 2016/12/11 10:55   >>

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黒井城の霧海Uに訪城した際の黒井城への登山口駐車場の下方:黒井小学校グラウンドと車道を挟んだ東側に[宝篋印塔]への案内標示がある。興禅寺にはお福の産湯井戸【江戸幕府:将軍家光の乳母:春日局の幼名は天正7年(1579)此処に生まれたとされる】、その背後の墓地に荻野(赤井)直正夫妻の供養塔と以前から伝えられてきた2基の宝篋印塔がある。
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嘉吉3年(1443)と文安5年(1448)銘があることから、直正夫妻との伝承は消えるが共に春日町指定(昭和51年12月)で、もと千丈寺(赤井氏の祈願所で赤井家一族有縁の墓所)から移されたもの。黒井城主荻野直政は赤井家から荻野家に養子入りした幼名(才丸)。
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Wen検索でHITする「赤井直正」としてはよく知られる猛将だが荻野家の養子に迎えられ、明智丹波攻めによる落城の一年前に病死している。荻野家当主に迎えられ荻野党・赤井党を率いた直正が旧姓赤井に改名した資料を知らないが、誤解のないよう「荻野(赤井)直政」と表記するようにしている… 
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戦国期には黒井城主の下館として、また明智光秀丹波攻めに落城後は明智光秀の家臣:斎藤利三が戦後処理と領地氷上郡(丹波市)統治のために入った斎藤屋敷。お福は斎藤利三の娘として此処に生まれたと云われます。寛永年間(1624-44)南下約150m程:寺屋敷にあった誓願寺(真言宗)を、開基:荻野直正として現在地に移したのが興禅寺(曹洞宗)。

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