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zoom RSS 井原城館U (居館) 丹波市

<<   作成日時 : 2017/06/28 08:56   >>

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埋蔵文化財分布調査報告書等に未だ城砦・居館等が確認されていないが、山南町誌(昭和63年)に井原北東の小山の屋敷跡(存在謂れ等一切不明)だが、城館遺構一帯の最高所で、岩屋小平古墳群1号墳位置に土橋付き堀切・帯曲輪を含む数段の曲輪群が遺る井原城について、日吉神社からの取付きや、其の存在が重要な要衝監視の砦である旨を【其のT】で説明した。
 城域中腹の此処こそが!!井原北東の小山の屋敷…跡!!?
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其のU】では日吉神社から県道(旧)77号「延喜式(旧)山陰道」を東へ約350m程・バス停村森口から北へ入る貴布禰神社から入山。日吉神社の共に創建年代は不詳の小さな社殿だが荘厳さと重厚感・装飾彫刻は丹波中井一党で彫刻師初代:中井言次君音の日吉神社と比較して観てしまが、
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大正3年社殿改築時のものなら5代目中井(権治)正胤か、丹波柏原に於ける中井一党最後6代目中井喜一郎による彫刻とも?。神社から100m・比高25m程・鞍部付近に奥の院(石室)があり、井原城館T北尾根筋の居館跡?へは山腹を高低差無く捲いていける。
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鞍部から東北への尾根筋は石龕寺(石龕寺城<岩屋城>)に繋がる。井原城(茶臼山)山頂及び北下方の2ヶ所が
其々が城・砦・居館を形成していた城砦群なのか、時を隔て宗教的遺構跡なのか専門家の調査・報告を待ちたいところです。奥の院から井原城館跡!?の茶臼山へは緩斜な幅広尾根を左手寄りに上るが、
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右手(西方)に岩屋小平古墳群2号墳?がある。付近は広い削平段・崩れかけた古墳の墳頂部とは思えなかったが、西面尾根上に曲輪群・2本程西斜面に落ちる片堀切・空堀状、茶臼山への尾根筋に顕著な切岸をもつ曲輪段も…【井原城館 U】にレポートするつもり…
  井原城主郭?への上り土塁(手前)と浅い空堀が延びる
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元へ:茶臼山への緩斜な幅広尾根を左手寄り踏み跡を追うが、一寸右寄りは藪が切れると、広い曲輪があらわれ、其先には1.5m程に切岸を立てる丁寧に削平された曲輪の西面を捲くように延びる帯曲輪。切岸上の主曲の山側端は空堀。空堀東端の上り土塁から約200mほど直上すると井原城館Tの主郭”岩屋小平古墳群1号墳”に登り着く。
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山南町誌(昭和63年)にある井原北東の小山の屋敷跡であり、愛宕山の火を燈したと云う「火トモシ山」は丘陵部最高所の1号古墳跡の茶臼山というより、此の居館?(屋敷跡)ではなかったか?。貴布禰神社に秋葉社は合祀されているが愛宕社はない?。また居館の下部から北尾根へ分岐する広い平坦部に2号墳が、其の墳頂付近は尾根筋に近接して、岩屋谷側監視の砦跡?がある。…篠山市味間地区入口丘陵上(R176号側)の平井山城が小屋床と呼ばれ「火ともし山」とも呼ばれた山…此処も常番の見張り砦だったのかも?。 

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