丹波霧の里BLOG

アクセスカウンタ

zoom RSS 井原城館V (出曲輪)  丹波市

<<   作成日時 : 2017/07/01 09:07   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

日吉神社背後の丘陵尾根上に位置する井原城館とした城砦遺構が、丘陵部一帯の城域最高所の茶臼山(岩屋小平古墳群1号墳)と北面二方向の尾根上に分かれ存在しているので、夫々をT-Vに分けてレポート(私感)。埋蔵文化財分布調査報告書(山南町)に城館跡としても報告はなく、[丹波志]にmも確認できないが、山南町誌(昭和63年)に井原北東の小山の屋敷跡として記されており、
 井原城?への尾根上曲輪(切岸をもつ)と片堀切(手前右)
画像

愛宕山の火を灯すので「火トモシ山」とよばれるところとある…が、屋敷の云われは不明とあり、10数年前に市教委(文化財課)に報告はしているが、正式書式による報告書ではなかったうえ、其後も連絡等なく未調査のままだと思えます。井原城としては井原城館 Tに、伝承や築造目的。時期等は不明だが井原北東の小山の屋敷跡としてなら此処が…と推察出来そうな遺構が、
  北からの井原城館 V取付点にある二連の古池(雨が続いていたが上段は枯池)
画像

井原城!?から石龕寺城(岩屋城)へ繋がる尾根筋(石龕寺領の寺境尾根)の貴布禰神社上部にあり、井原城館Uにレポートした。更に:井原城館Tからは北西枝尾根筋が井原・岩屋集落境に降り立つが、井原城館U直近岩屋小平古墳群2号墳が北西枝尾根筋に繋がり、此処に井原城館 Vの井原砦!!?<仮称>がある。
画像

此処へは丘陵裾の北西側・町境のシシ垣沿いに土堤の古池側から直上が短絡ルートだが、眼下には谷筋を石龕寺・(岩屋城)へ向かう入口(現:もみじの名所:石龕寺へのバイパス道入口)であり、井原城館Tの日吉神社背後の出曲輪!?とともに、佐治川沿い氷上回廊(播磨西脇側のと国境や、栗作郷(久下地区)から小川井原荘に入る延喜式山陰道・氷上佐治街道(R175等)の監視砦と思われる。
   岩屋小平古墳群2号墳?の土塁状(手前)は周溝跡名残か?
画像

石龕寺城(岩屋城)へ繋がる石龕寺領の寺境尾根筋東は足利尊氏に従う、一番旗伝承の久下氏領の栗作郷で、井原荘も尊氏嫡子義詮により久下氏領地となっていた時期もある。中世氷上郡:黒井城の播磨側防衛最前線の基地ともなり、広沢綱忠が守る石龕寺城の出曲輪であったとも考えられる・・・が、
  岩屋砦最北部の三段曲輪と空堀-竪堀(手前左)
画像

天正7年(1579)5月丹羽長秀・細川藤孝等の明智方援軍による玉巻城(久下城)・石龕寺城(岩屋城)攻め落城に際し城砦は廃されたものと…伝承が無い事でも戦闘行為はなかったものとおもえる?。城砦(井原城館V)遺構としては平坦段の他”岩屋小平古墳群2号墳”外周の残欠部?が土塁状に?見える。末端曲輪の尾根筋西に空堀・井原城館Tに向かう尾根筋に切岸明確な曲輪や2ヶ所程の片堀切(竪堀)を観る。

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文
井原城館V (出曲輪)  丹波市 丹波霧の里BLOG/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる