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zoom RSS 慧日寺 丹波市

<<   作成日時 : 2017/11/17 16:55   >>

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丹波市(旧氷上郡山南町)山南三山【石龕寺・常勝寺・慧日寺】の一慧日寺<山南町太田>は、室町時代前期(南北朝期の永和元年<南朝では天授元年>の1375年:足利幕府三代将軍義満の管領であった細川頼之・頼元親子を開基とする臨済宗妙心寺派の中本山。
  三門(三門)正面に仏殿の花頭窓が… 
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特峯妙奇禅師(1299-1378)【後嵯峨天皇の皇子で那須雲巌寺開山)に師事した法嗣】により開創の独立した一本山で、塔頭(山内)寺院18坊・46ヶ寺の末寺を擁して大いに栄えた丹波禅宗の中心的存在の古刹で、天竜寺開山夢窓疎石(夢窓国師)とは兄弟弟子として、
  鐘楼の側だけは早々と紅葉が…10月始め
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天竜寺とも盛んに往来があり仏光国師・夢窓国師・特峯禅師画像(いずれも室町時代の作)等が県重要文化財に指定されています。古刹に似合わない?小さな門が建つが惣門と三門(山門)を兼ねた重要な門。創建時(南北朝期1375年)の惣門が元禄の再建時に三門(山門)として移設され創建時を偲ぶ唯一の建造物だが、今年(2017)の台風による壁の剥がれも痛々しい。
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檜皮葺職人の里:山南町(山南支所近くや、篠山川を挟んで北方の篠場には研修センター)で、全国桧皮葺サミットが行なわれた際、慧日寺の鐘楼が桧皮葺葺き替えを兼ねて技術実習・研修に充てられたと聞く。鐘楼の鐘は”座して撞く”とも聴く。一般参賀の除夜の鐘等では鐘楼下部から撞ける様に延長ロープが用意されていた。御住職により阪神大震災慰霊の為追悼が例年1月17日に行なわれ、亡くなられた一人一人の為に一回ずつ、檀家の人達により二日間をかけて鎮魂の鐘が突かれます。
  紅葉と桜花見は方丈の西から北裏手だが未だ早かった…10月末
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被災地の西宮市でも三年程続けた慰霊祭は中止されたまま・・・、職員等のボランテイアで献花・記帳が用意されてきた。慧日寺でも毎年実施/13回忌まで続けられてこられた。長い間ありがとうございました。JR福知山線脱線事故・東日本大震災…未曾有の人災・天災が起こる度・慰霊祭等を介し教訓にし気を引締め対策に当たるだろうか?。
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天正3年(1575)織田信長の「丹波攻め」による大将:明智光秀軍の兵火により全山焼失するが寛永年間 (1624-44)大愚禅師によって復興、京都妙心寺の別心禅師が入山…此の頃より妙心寺末。萱葺き屋根の傷みから葺き替えは必要な方丈(本堂)・庫裏の修復も、少ない檀家(80軒ほど)では早急な修復も難しそう。方丈内正面廊下の上には住職専用の駕籠が遺され格式高い古刹を感じる。

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