落城伝説

中世・戦国時代の戦乱に蹂躙された領地・農民の悲惨な状況を伝える伝説は少ないですね。其の領主の城の落城伝説から 推し量って見てもみえてこないですが・・・・(^~^;)

敵の侵攻を防ぐ積りで 敷き詰めた竹の皮 に火が放たれた焼けた話。勿論 埋蔵伝説も:命の水を絶たれ 水に不自由していないことをアピールする為 白米で馬の背を洗い、其れを対峙して包囲する敵方の陣城に見せ付けた話は 黒井城にもありましたね。    
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さらに此処では 橋爪某の労女か または地元の僧(寺社は領主とは深く繋がりがあり 余り考えられないが?)から水源の在り処を聞き出して…、それに対する陣城にも、一夜にして城砦を築いた一夜城の伝説が残り、此の黒井城に対する春日小富士山にも其の話が残っていますね。
  
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井戸等の水脈を絶ち、また別の城(播磨:尼子山城)では攻めあぐねた堅城も 裏手からの登路を老女から教えられ、また別の城(播磨:那波山城)では山に通じる間道を老女から聞いて落城した話等、真意はともかく伝説の旅も…おもしろいですね

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この記事へのコメント

山城甚伍
2007年03月08日 11:11
 天々さん、かくも頻繁に城めぐりと、ブログ更新ができますねぇ。わたしゃ、ブログ:日記ならず、一週間に一度がやっとの週記ですよぅ(笑)。

 攻め手が登りにくくしょうと、笹の葉を敷き詰め滑りやすくしたが、反対に火をかけられて落城してしまったと言う話。宝塚市の三蔵城や、高野衆の城砦めぐりで、紀美野町の勝谷城、共に、土地のお年寄りから聞きました。

 老女から水の手を聞き出して、城を落とした話は、天理市の龍王山城にもあります。また、城内の水不足を欺くために、米を流して、ふんだんに水があるように見せた話は、松阪市の阿坂城にもあり、別名、白米城とも呼ばれています。

 笹の葉や竹の皮を敷き詰めた話は、離れた各地に残るので、故事古伝を集めたタネ本からではないかと思うのです。

 また、弘法大師伝承が各地に残るように、遊行僧や、高野聖といった人々による伝播があったとも思われます。面白いですねぇ。
 いつの日か、お会いして城談義をして見たいなと思っています。
2007年03月08日 17:29
山城甚伍さんも人跡未踏の山城へ・・なかなか やっていますね。小殿城の図見ていて椿井城を思い出しました。処理場が直ぐ下に見えるのに正攻法では中々攻めにくい山城ですが、主郭部から処理場を見下ろす側?に長い土留の石列が有った事を。但し藪を切払わないと確認できませんが!
伝説には役行者=法道仙人 弘法大師(空海) 和泉式部や義経伝説と同じで領地を出ることがなかった人々に、外部から入ってくる話が、珍しさや新鮮な話題を提供したことでしょう。伝道を兼ねた旅僧は昔話にもなって・・(*^_^*)

これ等 伝説にも史実が史実に近い話も有りますので興味尽きません。
黒井城落城に出てくる 橋爪某が山師(鉱山関係)なら水の処理・扱いに詳しいこと等 ホントの水源が白毫寺近くにあっても納得出来そうな話もありますね。

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