郷土人物史…丹波

●郷土出身。郷土に関連の深い人物について 少しでも関心をもって貰えるトリガーになれば良いな・・・と、登山や山城廻りついで!!?に 紹介している丹波人物史
以前メールで大西瀧治郎氏【特攻作戦の生みの親として知られる】について紹介が無い旨の投書を戴いた事があった。

特攻隊を組織した経緯、敗戦となった後の軍部の責任回避や責任転嫁はなかったのだろうか?其の対応や、大西瀧治郎氏の軍人としての過去の実績・特攻指揮した事・若人の命と引き換えにした心の葛藤等。偏った紹介にはならないよう、弁明?できる事柄を付け加えて、郷土の誇れる人物として紹介したいと考えます。

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●極悪非道で知られる山椒大夫は丹波国の人といい、「久下村の山椒太夫が丹後由良に住み・・」の記述を見つけた。久下の池谷は朝倉山椒の特産地でもあり、由良の長者は「石負(いそう)長者」といい、氷上町石生(いそ)に通じます。「安寿と厨子王」は良く知られ、各諸々に名前や伝承内容は少し異なりますが、時代背景や所在は粗・共通し史跡となっているところも有りますが、由良周辺以外に山椒大夫伝承は無さそうです

伝承の人物は「山椒か 算所・散所か?」 其の時代の背景 領主と民衆の地位や生活 当時の産業 人買い・奴隷が行われていた事・・・・・この話が善悪因果応報・仏の功徳加護を強調して説く「説経節」として口碑され 浄瑠璃・歌舞伎等の題材に取り上げられ親しまれ大道芸能として伝承されてきた・・・・等 人物史とは別に多くの要素・要因を含んでいて 其々に捉え方があって楽しめそうです。?

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●丹波市市島町の、福知山市六人部へ越える府県境近くに「愛育」の案内板(H16.10)が立てられている。幕末~明治にかけて 児童福祉の先覚者「大野唯四郎翁」とある。東方僅か2~300m程には・大きく深い空掘りに囲まれた曲輪・土塁・堀切遺構を残しながら、余り知られていない前木戸(さしど)城がある。また此処には湯長谷藩陣屋(福島県いわき市常磐下湯長谷)があり、城・陣屋と共に、地元・関係者以外には殆ど知られない? 人物についてもスポットを当てる必要は有りそうですね!!? 

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