足見寺城 篠山

助太郎屋敷から北方・舞鶴若狭自動車道の先に低い山の稜線が幾つかの丸い峰を覗かせて、此処からは近くに一番高く見える峰の山頂部には、比較的・連郭式山城遺構を残す足見寺城がありました。
      灰屋?も残る茅葺き入母屋造りの角屋をもつ民家から足見寺城の山稜を望む      
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城の北側は急斜面で、槙ヶ峰(JR篠山口に程近い)から南方へ派生する尾根が此処で落ち込み、二つの要衝:R176号(丹波の森街道:阪神・摂津から丹波・但馬・若狭を繋いで南北に延びる但馬道)側の初田集落と、R372号(デカンショ街道:京・丹波・東播磨から山陽道や摂津・阪神方面に通じる京街道が東西に走る)真南条上の集落を結ぶ未舗装林道(諸車通行禁止です)が峠を越えています。
          主郭部の南端曲輪土塁の先には、口を開ける大堀切が・・
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足見寺城の南には高山城があり、弘治3年(1557)三好長慶・松永軍が波多野氏が拠った「龍蔵寺城」を攻めた際の龍蔵寺城が此の高山城(真南条上城)とも考えられていますがいずれも河村氏の城。此の地一帯は酒井党の勢力下にあり、其の後に波多野氏と共に来住した河村氏が、波多野氏の多紀郡を掌握する体制下に、重臣として此処に城を築いたか、酒井党に一党に組み入れられたものか・・・?

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