向山城と滝野城 朝来市

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磯部氏館からJR山陰線が山裾を走る長谷山に向うが、正面(北側)から線路越えで山の斜面に取り付く山道の有無は、土地勘無く・集落も無いので、磯部川を渡った後で大きく迂回する様なら、最初から尾根東端の峠に向う車道からと新設?!!の高架車道を進んだが、山裾は砂防コンクリートの帯で取り付けず、もし上部に登れても身体を押し込んで進める隙間も無く、手強い猛烈な藪が控えている。
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東南に回り込むと短い谷が有り此処から取り付くが10数mも進むと、檄斜面となったが、藪は薄くいつか東尾根末端の小曲輪に出ていた。こんなものかとの期待は嬉しい誤解。空掘りを越え高い切岸を上ると広い曲輪。曲輪の間には虎口かと思える土塁の開く箇所があり、北斜面から斜上してくる細い道?が此処に入る様だ。其の北斜面には何本もの竪堀が畝状に等間隔に並ぶ。
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更に主郭から西への尾根筋にも2箇所の堀切がある。西端の曲輪・堀切からは半独立丘陵の向山城域から、谷斜面をトラバースして戻り、南への尾根に取り付いて滝野城に向う。
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観応2年(1351)但馬守護の今川頼貞が拠った磯部城に比定されているのが此の滝野城です。当時の遺構は西北部らしいが、東方からトレースして和賀地区に下ったコースは中世改修された遺構の様で、東端には土塁付き空掘り・主郭西の曲輪には櫓台らしい露岩(上部は水平)の高台が有った!!?
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