加佐山城と慈眼寺山城 三木市

山陽自動車道建設工事に先立って三木SA予定地の加佐山城と、同自動車道の東方約1.4kmに在った慈眼寺山裏山城 【共に三木城攻めの付城で、30箇所ほど在った付城群の中でも此の二城が最も標高の高い位置に築かれています】が教育委員会の手で発掘調査され、報告書も出されている様ですので、閲覧でもして出かけてくれば無駄に歩き回らなくても、其の正確な位置や遺構の現状、さらには近在の付城についても其の砦の名前や位置・状況を知ることができたかも知れませんが、今回も城館・砦を思わせる場所がありましたが、後でWeb地図で調べ直すと場違いな場所!!で、其々・城砦以外の遺構散布地だったのでしょう・・・!!
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市内の図書館にさえ、市内(旧郡内各町)の遺跡発掘調査書資料も保管されていないので、他市の調査資料や市史・郡誌等は寄贈でもされなければ閲覧も出来ない。購入したり、県立中央図書に行けるほどの余裕もない。「ひょうごの遺跡」でもストックされている図書館等の施設があれば、加佐山城の様に消滅した遺跡も、調査時の写真と文により歴史・内容が分りやすく説明されているのですが・・。
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二つの付城に拠った部将にも共通点が有りました。加佐山の杉原家次と慈眼寺山の有馬氏は三木城の支城:淡河城攻めに参戦しています。城主:淡河定範は奇策で脱出し三木城に入っていますが、平田・大村・加佐での激戦に、此処でも両部将は淡河定範と戦ったのでしょうか? 二つの付城の南麓:三木市街地の市立病院近くに「加佐八幡の森歴史公園」があり、此処に淡河定範の墓があります。ただ生死が定かでない為・此処でも定範は無事脱出に成功したのかも?しれません・・・・・・・・・・・・・?


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