青鬼の城=籾井城

中世兵庫丹波では、勇猛果敢な将兵を丹波鬼と恐れられていました。なかでも旧氷上郡(丹波市)黒井城主の赤井(荻野)直正を赤鬼と呼ばれていたことは知られています。幻の氷上城(霧山城)にはこれまた実在を疑問視される西波多野の波多野宗高も丹波鬼と呼ばれていたようです?。旧多紀郡(篠山市)にも武勇・知将の細工所城主:荒木氏綱は荒木鬼籾井城(安田城)主の籾井教業(のりなり)は青鬼の異名で知られます。
画像

京都丹波亀岡から兵庫丹波に入った最初の宿場町・福住の北方に籾井城がありました。築城主でもなく、丹波攻めで落城した最後の城主でもないのですが、「軍記物」の誤った伝承が其のまま伝わり、為にヒーロー教業すら実在の人物を疑問視され、軍記物のよるシュミレーションゲームでは波多野氏家臣としての人気は強いようです・・・?が、籾井城は「青鬼」籾井教業の名と城を出て本明谷の激戦に全滅・落城した戦闘の伝承のみが鮮明に!!伝えられています。
画像

山城は主曲輪を中心に四方の尾根に曲輪・堀切・竪堀・片堀切・土橋。土塁の遺構を残しています。一般的には禅昌寺から整備された鉄砲山から主郭への南尾根コースですが、東屋休憩所のある鉄砲山の手前20数mで右手へ谷筋を越えて東尾根を辿るコースが整備されていますので、籾井城再訪される方は南尾根と東大根を組み合わせた周回コースがお奨めです。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

ナイス

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック