二人の反逆者② 亀岡市荒塚町

亀岡市の市街地中央に位置して、JR亀岡駅正面に見える緑の杜は、綾部市に松梅苑・此処:亀岡に天恩郷と二つの聖地を持つ大本教の神教宣布の大道場で、一般の方でも修行を受講でき、私も40数年前に修養・・・。
この天恩郷の敷地が亀山城跡です。亀岡の地名は明治になってから・・・亀山市と紛らわしい為に亀岡と改名されていますので、城名を亀山城と呼ぶのが正当ですが亀岡城と呼ぶほうが間違える人も少ないのでしょう。
建物含めて周囲の様子はすっかり変わっている(忘れてしまって思い出せないだけかも?)が、中心となる万祥殿へは西の丸側(亀岡城は本丸以外は周囲全て二の丸!!?)から橋を渡って入る。
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万祥殿の背後(東側)には見上げるばかりの高石垣がある。万祥殿の北・池(当時は空堀だった!!)側からの通路を登れば直ぐ本丸天守台の石垣下に着く。当時の石垣遺構はその石積の僅か一部だけで、あとは教団信徒の手で復元を図られたが、政治政策による宗教弾圧は此処に及び、城の石垣・施設は国の手で壊滅させられたが、再び築き直され城址復元ではないが城址雰囲気と神聖さ取り戻しています。
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本丸の天守台は最も重要な神聖な場所で禁足地となり入ることは出来ません。此の亀山城を築いたのが「丹波攻略」の拠点として、丹波平定後は丹波守護となった明智光秀の居城です。天正10年(1582)昔年の思いを胸に亀山城を出陣し、老ノ坂を越えて主君:織田信長の居る本能寺を目指して進んだ光秀に、頼みとした援軍はなかった。彼もまた反逆者の汚名を返上できない悲劇の武将ですね。

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この記事へのコメント

べーさん
2008年11月18日 12:55
この前はいつも通ってますが、
もう少ししっかり縄張りが残っていれば
良かったんですけどね・・・
ちなみに、亀山城の石垣は山陰線の建設で一回、弾圧で一回破壊されて、面影なしです。
例の中世観瀧寺跡の遠景、実家に戻ったら
撮影してみます。
ものすごく分かりやすいです。
2008年11月18日 18:00
古絵図にも本丸の周囲以外は全て二ノ丸の大雑把さ? それにしても何処の国でも宗教弾圧の惨さ・凄さ 大本教の場合も 天理教以上の弾圧と徹底した破壊振りは、ただあきれるばかりです。此れが国家権力で行われたとは・・文化大革命を批判できませんね!! ダイナマイトや更に石像は手作業でも破壊された様子。大本には国側の神経をピリピリさせる対象物や言動が多かったのでしょうかね?

旧観瀧寺跡へは豊富用水池からの谷通しが地形図で見る限りでは 稜線近くまで比較的明確な道が続く様で良さそうです。ひょっとして現:観瀧寺からの道があるかも? 住職なら参道や 何時頃里に降ったのか 其の歴史等をご存知なのかもしれませんね・・?

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