丹波の名工・難波金兵衛 青垣町

丹波の名工として丹波佐吉(村上源照信)は(嘉永~慶応)の帝:孝明天皇(在位!!?1848-68)より「日本一」と賞賛され、残された名作と謎の生涯で知られるところですが、其の佐吉に石工の技術を教えた義父の初代:難波金兵衛 の作品に、石灯籠の他にも仏像が残されていました。
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青垣町沢野の養徳寺は、「道の駅あおがき」の東方山裾にあり、遠阪川沿いの工業団地側の池には・オオアカウキクサの群生を見に立寄ったり、何度も小和田城(沢野城)へは寄っていますが、其の東山裾へ、細い道を入って行く事は無かった。
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採土・採石で崩された墓地近くの山裾や、北近畿(和田山・豊岡)自動車道が通り抜けていくポッカリ空いた山間部に、新ヶ谷遺跡・新ヶ谷古墳を探しても既に消滅・壊滅・・!!。工業団地の池付近のブラ山古墳・ボラ山古墳も整地され消滅?調査報告書に記録が残されているだけのようです。何も得るところ無く山裾を歩き北近畿道下を抜けたところに養徳寺が在った。木橋?の参道正面広場には流麗な衣紋、温和な相の延命地蔵尊坐像が建つ。天保7年 (1836)の造立とあり、町指定文化財となっている此の像は、初代難波金兵衛作とされています。此の寺には”羅漢道”がありました・・・・次回!!。

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