譲葉山城・明智丹波攻めの陣城!!

今年初めのブログに 「不人気な山の楽しみ方」と題して紹介していた譲葉山山頂の権現堂(譲葉権現を祀る)の建つ方形の台地の遺構に、祠関連かとも思い・も一つ自信も無く、それでも陣城ではなかったかとコメントを入れていましたが、やはり城の遺構だった様です。
               譲葉山城(東郭):権現堂に入る土塁虎口
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しかも緩やかで高低差も殆ど無い、広い山頂部を西北に約5~60m・登山道を進むと、西端にも同規模の低土塁で囲まれた城郭遺構が在りました。権現堂の建つ譲葉山山頂部に方形の土塁曲輪がある東郭、尾根筋に浅い堀切を設け・中央部の土橋を渡り低土塁の曲輪に入る西郭は、堀切側から低土塁が曲輪の北面に延びていますが、折れを伴う織豊系の構造がみられ、明智方の「黒井城攻め」陣城と推察されます。
             譲葉山城(西郭):北側の土塁曲輪と東面の浅い堀切・土橋部
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二箇所の遺構からも「間違いない・・」・・・ところですが、さらにもう一ヶ所の城遺構が在りました。しかも・・「城山」と呼ばれていた・・と!!。これ等の三城共に、以前報告した鴨内城同様の 埋蔵文化財分布地図は勿論・調査報告書も無い空白地帯の城です。「城山」と地元で呼ばれていながら、驚愕の城遺構が報告されないまま埋もれていた東中城の例も有りましたが・・・



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