九鬼氏・綾部陣屋  綾部市

水軍で名の知られた鳥羽藩九鬼氏の家督相続に二分した内紛に、久隆が三田・隆季は綾部にと四方に海の無い地に移封されます。三田城では大池を・綾部城には目前に由良川を望んで、心境は意かばかりだったでしょう!!
永禄年間(1558-70)頃:八上城(篠山市)波多野氏の被官江田行範が本宮山に築いた綾部城(教団本部敷地内!!?)に居城し、天正7年(1579)明智光秀の援軍:羽柴秀長軍により開城した後、光秀や別所芳治(但馬八木城主となった重棟の子)が入り、寛永10年(1633)綾部藩庁として造営されたのも由良川側の此処だったのでしょう。
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綾部陣屋は慶安3年(1650)焼失した為、上野台に城地を移して再興されますが、教団本部の西に隣接の同教団長生殿を主郭として、丘陵高台を西へ小学校・幼稚園・保育所・農業研究センター等の一帯に、二ノ丸や家臣屋敷群が立ち並び、西端:大手門跡・綾部城略図の案内板が立つ幅狭い府道709号は、三和町や篠山市方面と福知山を結ぶ街道筋だったのでしょう。
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宅地農地改修化された一帯に陣屋遺構を探してみても 何も無い・・・小学校の門として使用されていたと云う大手門も昭和中頃には撤去されたらしい・・其れでも何かないかと周辺を歩いてみると、片鱗を窺わせる景観・遺物はあるものです・・・・・? 

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