岩壁の母 東舞鶴

中世の建部城(舞鶴富士)や近世の舞鶴城(田辺城)のある西舞鶴の城下町を抜け舞鶴港の東港へと、五老トンネルを下ってくると、雰囲気は大きく変わる。
               五条桟橋跡公園と、前島埠頭のフエリー発着場
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海岸線を走っていて海が見える・見えないの違いだけではなく、エキゾチックな赤レンガ倉庫群が建ち並び、車窓には海上自衛隊の艦・艇の姿が映る。赤レンガ倉庫群は近年:国重要文化財指定を受けたばかり。明治~大正期の建造物は日本海軍の舞鶴鎮守府が置かれた軍港都市の遺物。そして大戦後:引揚援護局が置かれ、海外からの引揚者が舞鶴に帰ってきた。
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引揚者を待つ家族が通い、家族との再会に感激し、また再会はおろか消息も得られぬまま落胆と失望を、幾度も重ねながら其れでも「もしやもしやに・・ひかされて・・・港の名前は舞鶴なのに なぜ飛んで来てくれんのじゃ・・・」岩壁の母や妻と呼ばれる家族が待ち侘びた五条桟橋の有った場所は東舞鶴駅からも遠くない(約1km現:公園)。昭和25年まで引揚船が着く度、東舞鶴駅から此処に有った浮桟橋ですが、「岩壁の母」がリリースされ大ヒットしたのは昭和29年なので、其の後:昭和28~33年の間は港の東北方・大浦半島の南部・平の現在引揚記念館が有る平南桟橋に移されたので、現在引揚記念館が有り、引揚援護局が置かれたこと、復元桟橋や「岩壁の母記念碑」等で、引揚者が第一歩を記した当初の五条桟橋は、歓迎の記録フイルム等にも殆ど見かけないだけに、入江や島影・・と絵になる平南桟橋の蔭に隠れ・現れる事も無く忘却の彼方・・・?。
  (公園:浜のしおじプラザの案内説明板 を参照)
  

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