枯木浦伝説

潮路通りの「浜のしおじプラザ」公園に、浮き桟橋の上で引揚船を待つ「岩壁の母と子」の写真を添えて五条桟橋の説明板の他、枯木浦伝説を紹介する地図入り説明板が立ててある。
          左:笠松山(愛宕山)・右:高屋城と右端付近に淵島が在ったか?
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昔・小彦名神(すくなひこ)と大巳貴神(おおなむち:大国主尊)という二人の神様が、舞鶴の湾の中に島が一つも無いのを見て、【枯木浦は舞鶴湾の東舞鶴側・東港を指す】美しい海に似合う、清らかな島が欲しい思い、笠松山(今の愛宕山)に登り、【彼彼(かれか)、来来(かれこ)・・・<おいで・おいでの意味と云う>】・・と呼ぶと、淵島(浮島)、烏島、蛇島、戸島の4つの島が集まってきたと伝えられています。
     赤レンガ倉庫群と城跡の様な文庫山・・!北400m程に東山城が在ったが消滅
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枯木浦の名の由来は彼彼・来来⇒元来の彼来・・・・名の方がネームバリューも格段に良いのに、意味さえ取り違えそうな枯木とは・・?!。舞鶴湾の東舞鶴側の湾を指す枯木浦の四つの島の内、二つ島は中世・戦国期:海城の在った処。二人の神が舞鶴湾を眺めた笠松山は泉源寺と自衛隊病院の北背後の聳える愛宕山282mとされ、此処には泉源寺大谷城が、また病院の南の丘陵に栗屋氏の高屋城が在ったが、天文24年(1555)若狭武田氏に敗れた際の「特ヶ崎」の陣城と推定されています。
(現地:枯木浦案内板を参照

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