軍都に消えた?・・・浜村城・東山城 

舞鶴を東西に分ける五老トンネルを東に抜け降りてくると、周囲の雰囲気は大きく変わってくる。広く明るい道路・湾岸に並ぶ艦船・赤煉瓦の倉庫群・・エキゾチックな港街・・・・・此処は明治34年(1901)旧日本海軍の舞鶴鎮守府が置かれた軍港都市。
              「岩壁の母」五条桟橋跡から台形の東山(大きく削られた山上部)
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海の守りの海軍を舞鶴湾岸の周囲の島・岬・丘陵上から援護する為建設された海軍・陸軍等の旧日本軍堡塁・砲台は、要害を選んで築城された中世の海城・山城の遺構を破壊して軍事施設が設けられています。
             浜村城主郭?から海上自衛隊北吸桟橋北東端付近の自衛艦を望む
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赤レンガ博物館・市役所側近くには、舞鶴湾に突き出した丘陵上に東山城・浜村城が在りましたが、このロケーションでは当然のごとく、軍施設で平坦地形も城遺構かどうか判断できない。・・・浜村城はまだ雰囲気が残る?が、東山城は、昭和末期に発掘調査がなされていますが、現在の標高差が10~20m近く低くなっている。前島埠頭の埋め立て土砂として使用されたようですが、完全消滅しているものか?。現在立入禁止区域の東山に、中世山城・海城の遺構等は限りなく0%に近い。

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