丹波佐吉のキツネ像

先日のログ・柏里氏が初仕事となった大新屋は、此処に産する石材をもとめて丹波佐吉の義父で師:難波金兵衛(初代)が、春日町野村から移ってきたところ。柏里氏が見たと同時代?のキツネ像が、今も石匠:難波金兵衛を継がれる会社の北方・約800m程、北山地区の稲荷社に有る。
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高くても200m程の超低丘陵が萱刈坂から北端の穂壷城へと延びて、佐治川(現:加古川)と柏原川・高谷川が合流する地点まで、僅か2kmばかり。この尾根上に残る高見城砦群についてはホームページに掲載済みですが、出曲輪・砦等の追加は追ってブログでも紹介したいと思っています。
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これ等の城砦探索に訪れて キツネ像に再会。日本一を謳われる名工・佐吉は村上源照信を名乗って43歳、実子:難波金兵衛も二代目として腕を磨いていた22歳。初代金兵衛亡き後・丹波に暫らく戻っていた時期に彫られたキツネ像は源照信・台座は二代目金兵衛が手懸けているが、銘には「石工:源照信」と、生まれ故郷の但馬竹田城下の朝来郡(現:朝来市)竹田産と台座に刻んでいます。多分に二代目金兵衛を意識したものか!!?。実子金兵衛が生まれたことで養子・佐吉は渡りの石工として旅に出、大阪・奈良方面にも作品を残しています。”竹田産”と刻んだことには・・若く恵まれた環境で腕を磨く二代目に、職人としての年齢や・病苦を背負っていた佐吉(照信)に嫉妬心もあったものか? この後:丹波を発った佐吉の生涯を知る人はいないという・・!!?。

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