古路谷城(仮) 綾部市

以前より観音寺城から高嶽と、高津城から甲ヶ岳への縦走を考えていたが、今回T氏より後者の実践にお誘いを受けた。高津町へは2ヶ月前に高岳城(綾部三大城の一ではなく、福知山市六人部境界)に、段山城と将監城を併せて訪城したばかり。計画は高津城からではなく、長谷林道を荒倉谷沿いに入り、将監城を目前の不動谷出合から長谷林道を3~40m進んだ付近に在ったらしい?xx廃寺跡から辿り、高津城からの主尾根を甲ヶ岳に向います。
         古路谷城(仮称)の尾根東上の堀切
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何鹿郡(綾部市と福知山市の一部)の国人・大槻氏の本拠城とも思える高津城(八幡山城)の西山裾には市場の字名が残っており「市庭」が形成されていたものか?。市場側を由良川に流れ出る荒倉谷が南奥へと深く、長谷林道が安場町や福知山市上六人部の三俣へと、峠越えで通じ、福知山市・綾部市を繋ぐ要衝から外れた谷筋の奥に向って段山城・将監城が在る。三和町・瑞穂町方面から綾部市街地に入らず、田野町・安場町等から高津町へダイレクトに繋がるルートが此の長谷林道。
古路谷城(仮称)の尾根最初に現れた西上の堀切
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安場と高津を結ぶ街道が在った事!!・と市場を守備・監視しを兼ねた将監城・段山城の他にも城砦が有るのかも!!?。
その調査も兼ねて、将監城近く・林道沿いに有った廃寺跡を探し、其処からトレースしてみようと・・・しかし廃寺は江戸時代初期に創建のものらしい。尾根筋の左右端には削り落とした切岸状を見るが、尾根上に顕著な曲輪遺構の見ない。二本の堀切があり・其の南斜面に幅の狭い(長くても8m程)曲輪状が雛壇型に、下方の林道近くまで続く。関西に例を知らないが、中世の山寺には寺域を堀切で遮断して雛壇型の堂宇を築いた例があるのかも?。尾根続きの字名「遠所」には奥行の小さく短い谷を挟んで、東南約300mの丘陵上も気になるところです。廃寺名は忘失したが、堀切と堀切側の土塁曲輪・尾根の寺域反対側にも平坦地がある等で、とりあえず付近の字名「古路:古路谷」から古路谷城と仮称する。古路とは・また深くも意味ありげな名です!!。寺跡や更に東向いの尾根上にも城郭遺構があれば、遠所城と仮称するかも・・・!!?。

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