今石古墳 丹波市

丹波市山南町側から奥野々峠(県道86号 )を柏原町側へ越えR176に合流する下小倉地区に下ってくる。
武蔵7党に属した豪族・久下氏は源頼朝の挙兵に”一番”に駆けつけた事で名を挙げ「一番」の旗印は、承久3年(1221)丹波栗作郷の地頭として来住し、足利尊氏:篠村八幡宮の旗揚げにも一番に駆けつけたことは良く知られ、小倉の庄は観応年間:丹波守護代ともなった久下氏の領有地でした。
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久下氏本拠の玉巻城から奥野々坂を越えてきた小倉庄は、篠山方面からは鐘ヶ坂を越える山陰道と合流する要所で。丹波竜の発見発掘作業中で知られる上久下地区から篠場峠を越える間道が此処に通じていますが、要所の監視所が無い事が不審。その城探索で立ち寄ってみた今石古墳は墳丘部の封土が失われ、石室は崩れかかり、羨道は埋まり・玄室部の天井石と羨道の側壁部の石が一部露呈していた。

古墳について以前のブログ記事に、もっと詳しく・・とのクレームを頂戴していますが、門外漢ながら・見た限り 知り得たかぎりの情報を参考にして 今回の今石古墳は丹波の古墳 そのⅠ 丹波市編Ⅱ  にアップしています。

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