奇怪な石仏 夜久野町

府道56号沿いの大油子玄武岩を見て北に直ぐ、牧川に架かる広瀬橋を渡るが、橋の南詰めの親・柱の側・東の丘陵が崖状に迫る麓に小祠が建つ。夜久野町近在には種子(梵字)ではなく石刻された青面金剛像が三猿を刻む楚壇部の上に立つ庚申塚が、この近くの沿道にも有る。しかし此の像は庚申塚では無さそうだ。
石仏が奇怪に思えるのは其の頭に二本のツノが生えている様に見える?。立像ではなく印を結んで坐す姿。結ばれる印相は智拳(智剣)印の様で、密教の教主:金剛界大日如来の智恵を示したもので、地・水・火・風・空の五輪を示す他、多くに意味を持つという。磨耗が激しくて尊顔を拝するがよくわからない。自然石の縁を舟形に彫り込まれた中に鎮座する像ですが、像の上部が火焔に様も見える。
画像

智拳印とみえたのが大元帥明王印なら・・!!ツノの見えたのは憤怒に逆立つ髪・火焔を表す舟形?、座した姿は不明だが:背後に迫る丘陵上部約300m(比高100m程の激急斜面)には西山城が有る。山城探索の際に遭遇した奇怪な石仏は、戦いの神でもあり、城主の守護神として加護・武運長久・子孫繁栄を祈念したものと・・思いたいところです。形相凄まじく荒々しい青面金剛や大元師明王が、瞑想し印をむすんで座す姿など知らない。もどれ!!・・・やはり大日如来なのか?。
祠の隣に赤い鳥居が有る。よくある立小便禁止マークかと(失礼!!)思える小さな鳥居は「広牧水神」とあり、牧川の鎮めの水神か?。鳥居側を廻り込んで山に入る踏み跡を辿り西山城に向った。

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この記事へのコメント

2010年04月20日 21:21
こんばんは。
夜久野高原八十八カ所石仏めぐりというのもあるくらいですから、夜久野辺りは弘法大師信仰が強かったのかもしれませんね。
そうなると、弘法大師⇒真言宗⇒大日如来という図式になりそうな気がします。
2010年04月20日 22:40
mikomai様 コメントありがとうございます
茶堂前から宝山(田倉山)の南西裾を抜けて和田山町へ抜ける峠に、「夜久野高原八十八カ所石仏めぐり」のコース案内板があり、宝山山頂を巡る四国八十八カ所ミニ巡礼道がありますね。
和田山側の東河川沿いに2~3見残しの山城は有りますがUPしています⇒http://kirinosato.fc2web.com/TAJIMAwadayama-siro2_kuroda.htm
今しがたUPした大油子:清海寺の六地蔵石幢と宝筐印塔ですが、廃寺となっている清海寺は真言宗です。弘法大師の霊場には鉱山に係る場所が多いのですが、大油子(おゆご)が大湯凝地・・清海寺跡は喜代見神社が在り、此処;小字はコカジ 上夜久野の北方には鉄鈷山・居母山 旧火山の宝山(田倉山)もタタラに通じる製鉄関連の名が多く 山師(鉱山師)としての弘法大師像も かいま見えてくる感じもしてきますね。但東町~夜久野町にかけて特に民衆の庚申信仰が盛んで青面金剛像を刻む石仏が多いところでもありますね。
2010年04月20日 23:22
追申
mikomaiさん 失礼しております
いつも 励ましの気持ち玉エール
 ほんとに ありがとうございます

和歌山方面へは犬鳴温泉・神通温泉(洪水被害で壊滅・県道沿いに新温泉施設が出来た前後)は毎週のように粉河や和歌山・湯浅へ、早朝4時には海南に出て田辺・美山村・大塔村・勝浦辺りまでの日帰り登山に出かけておりました。奈良は黒滝村から洞川温泉へ 対向車に冷や冷やしながら48号で抜けキャンプ場へ降りてきてホッとした事を思い出します。もう10数年前の2年ばかりでしたが、サイト立上以前なので登山リストに登頂年月日を記しているだけですが、思い出の場所も随分様変わりしていることでしょう。和歌山南港付近に漁師専用?朝10時頃までの温泉があったような? 

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