西山城 福知山

古文書や郷土史誌・地元に伝承も残らず、埋蔵文化財分布調査等による遺跡地図にも記載されていない山城遺構を発見し、其の遺構と・遺構保存状態の良さに驚かされることがある。一方では分布図・遺跡地図を頼りに訪城してみるが、辛うじて城砦遺構と思われる平坦地形を辛うじて見るだけ。曲輪の切岸はおろか、段差も低く、土塁や堀切や竪堀も埋もれてか、始から無いのか?、知識不足で判断・発見出来ないものも有る。
      主郭部?の土塁(土壇)に囲まれた内部に二つの窪地が有る? 
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自然地形を曲輪や土橋・土塁、竪堀等に、古墳を城遺構の曲輪・櫓台・土壇・周濠を堀とに・・・見間違うことはよく有ることですが、反対に:余りにもユニークな縄張りに、城遺構では無いと疑ってしまう様なものもある。此の西山城などは城域全体を疑ってしまいそうな奇妙な縄張りに驚いてしまいます。
     尾根幅一杯に拡がって空掘土塁が延びるが・両サイドに曲輪も無い?
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主郭と思えた山城最高地点のは古墳の盗掘跡かと思える丸い穴(窪地)が二つ有り、其の周りを土塁が囲んでいる様で曲輪とも思えず、櫓台なら半地下式の倉庫を兼ねたものか?。曲輪と思えるのは此の櫓台状の南面を捲く幅狭い帯曲輪だけ!・?。左右の細長い尾根筋一杯には堀切土塁が約30~40mに渡って走る。空掘は兵士の移動の為の塹壕か?、城史不明だが近在の城には丹波守護:仁木義尹関連の居館・伝承があるが南北朝期の事。遺構からは天正年中・黒井城主赤井氏に付いていた荒木氏が居り、”丹波攻め”明智軍の陣城・向城の可能性も捨てきれない?・・・が近畿内でも特異な縄張りには訪城者には一見の価値が有り、専門家にとっても興味有る課題に、やり甲斐と成果を期待して、結果を待ちたい。私は近畿圏外を知らないので・珍しくも・なんでも無い遺構なのかも知れませんね?

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