本福寺谷城 綾部市

綾部市松ヶ崎の本福寺から、福知山市観音寺との市境尾根を高嶽416mに向う登山コースがある。福知山市側に観音寺城(将監城)の山城からも登山コースではないが、尾根沿いに山道が通じている様で、市境尾根の275m峰に合流します。本福寺谷城<仮称>は275m峰から北東方へ複雑に延び出す枝尾根のCa200m付近の緩斜面から東へ向う約100m程の枝尾根上に城遺構を残しています。
     本福寺谷城<仮称>:主曲輪からの段曲輪
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この登山コースから外れた位置に在って発見されなかったものか?・・・しかし登山用案内標柱が残り高嶽登山別コースとして、高津町・段山稲荷方面からのトレースも有る様で、北東尾根を辿れば段山稲荷砦<仮称>・段山別城<仮称>側を抜けながら、此の本福寺谷城<仮称>に通じています。本福寺谷城から275m峰に出て、市境の主尾根を辿ると高嶽も山頂に城遺構らしいものを見かけないが高嶽城の名は知られています。山頂手前の尾根筋と鞍部に片堀切(空掘?)・土塁・鞍部に堀切らしい遺構は有りますが、臨戦的な遺構に思え・古城の山岳戦では麓城~山頂城へと戦況によって順次移動した”逃げの城”の構図を、チラッと感じるのですが・・・・!!。
       曲輪(平坦地)以外の遺構は唯一・主尾根側の堀切一本だけ!!?
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主尾根側の一本の堀切を見て、幾段もの小曲輪が間隔を空けず、重なり10段ばかり連続して曲輪群が途切れますが、さらに尾根を下っていくと二箇所の3~4段の曲輪群を見ます。長い城域の曲輪内に土塁・空掘・竪堀も気付かず、曲輪仁切岸加工も見ない。下っていく尾根先で尾根筋が北と南に二分する処が有り此処に大堀切が有る。此の二分する尾根上には無数の堀切・竪堀・畦状竪堀群を見る。此処が以前に紹介した将監城で、同じ尾根筋を約300m程隔てて、此の異常な程の遺構の違いは何なのか・・?、永正3年(1506)丹後守護一色義有を攻める為、管領:細川政元が澄之・澄元を引き連れて出陣した際、守護代内藤氏方の国人領主:大槻氏の高津に迎えています。内藤氏の信任厚く、当地に一大勢力をもって隆盛していた時期もあった大槻氏の城砦群の一つだったのでしょうか?。

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