もみじ三山 石龕寺Ⅲ 丹波市

例年”もみじ祭り”の頃は既にシーズン終りかと思える状態ですが、今年は夏の異常気象で諦めかけていた紅葉ですが、まだまだ美しい装いを見せ・周囲の山裾をも染めていました。丹波市もみじ三山の一つ石龕寺(山南町)もみじ祭が今年(2010)は11月21日に行なわれた。例年:足利尊氏・義詮親子が石龕寺の毘沙門堂に御参りする「武者行列」について歩くのですが、別用で出掛けており午後からの出発。
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播丹境界尾根の中口山~西光寺山の間にササバ(点名:机坂)というピークがある。聖徳太子が越えた机峠の近くで、兜に付けていた守護神の毘沙門天像が何処かへ飛び去り、像を捜していたところ光り輝く峰があり・見つける事が出来たといい、其の山が頭光嶽・岩屋山に近い尾根続きの峰。
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頭光嶽と岩屋山麓に、用明天皇の587年聖徳太子を開基とする古刹:石龕寺が在り、太子が深く帰依した自彫の毘沙門天王を本尊としています。
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正平6年(観応2年 1351)京を追われた足利尊氏親子は栗作郷の久下氏を頼って石龕寺に逃れ尊氏が九州から西上してくる間、仁木頼章・久下氏等に護られて義詮は寺に留まります。足利尊氏も毘沙門天に武運を祈願したことでしょう。
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「爪あと栗(ててうち栗)」の伝承は此の時のもので、栗の病虫害の大打撃によって・丹波栗の主生産地は京都丹波や摂津・能勢方面に移ってしまったが、大粒の丹波栗”ててうち栗”は”てらうち”ともに此の里に育成されています。
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仁王門(山門)の金剛力士立像は仁治3年(1242)仏師・肥後法橋定慶の作で、国の重要文化財に指定されています。天正7年(1579)織田信長の丹波攻めの兵火に一山尽く焼失したが仁王門だけが焼け残りました。
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史跡「町石」の事・岩屋山の金屋鉱山跡の事、更に此処に在った岩屋山城(堀切が残る)や義詮の屋敷跡、岩屋(石龕)の事…色々あるが…最後に石龕寺モミジの紹介画像に見かけないようだが?、此処の”もみじの観賞”は仰ぎ見るだけでなく、毘沙門堂から見下ろして見る紅葉の美しさを特筆しておきます。
【もみじ紹介箇所は沢山あるのですが、もうシーズン終りなので一先ず丹波市編は終ります】
参考までに…過去の石龕寺もみじまつり(ブログ)… ↓ マップも此処に貼り付けていますhttp://40437108.at.webry.info/200711/article_18.html
http://40437108.at.webry.info/200911/article_10.html
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