嫁取りの松

午後から雪曇りの中を出かけてきたが、冷たく乾いた地面に降り出した雪は、見る間に白くなってゆく!!。何度も行こう・行ってみようと思ってきた光山寺山へは、大沢町中大沢側からは道標完備/棚田に続く細い車道を登りながら、観音堂直下の籠もり堂?まで入っていける。開基や創建は不明ながら七堂伽藍・堂宇が建ち並ぶ巨刹であったと云われます。
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光山寺山~3等三角点:日西原(ひさいばら)【山上周辺は光山寺砦跡】~天狗岩を降って、フルーツフラワーパーク側・県道73号線に出る途中嫁取りの松の案内説明板と、切り株が3m程の高さで上部を伐採された樹齢500年を超える枯れた松の木を見る。此の地は小屋越山の東南嶺の分水地で老松の西枝の雫と・東枝の雫は、其々に遠く離れた海へ注ぐことから、此の樹の下で別れを告げる時は再会の縁は遠退くと云われ,非道の姑が此の地へ嫁を送って離縁を強いたとか、昔・花嫁が馬に揺られて近隣の里へ嫁に行く途中、此処までやって来たところ突然、稲妻と共に空が曇り・雨が降り出した。慌てて付き人が松の下に駆け込み馬上を見ると花嫁は消えていた。
 小屋越山か?この低丘陵尾根東南末端部に「嫁取り松」がある。季節には美しい棚田の風景が見られるのかな?
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村人達は松が焼きもちをやいたと考え「嫁取り松」と呼び、その横にもう一本の松を植えて夫婦松とした。以来・花嫁はこの道を通らない・・・と。また山賊が出て・花嫁道具を奪ってしまうので、嫁入りのときには此処を通ってはいけないという目印として名付けられたとも云われます。日本一低い中央分水界丹波市石生に「水分れ橋」があるが、”身別れ”に通じ・昔から婚礼の行列は此の「水分れ橋」を渡ることを避け、直ぐ上流3~40m程に架かる狼橋へと迂回した。霊結界?の京都一条の「戻り橋」も、その名から同様の意味をもつようです。
嫁取りの松の大きさを示すものか?枝の雫の話からは:この地が武庫川・加古川の水分の位置かは地図等詳細を見ていないので不明ですが・・・要衝でも無かった?光山寺付近を抜ける場所に砦が在ったことも、此の話からは、摂津・播磨・丹波を繋ぐ間道として利用されていた事を示すものか!!、
         「嫁取り松」はこのあたりだったかな?

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