笹尾城 猪名川

県道12号線沿いに:先日訪れた愛宕山城への入口・猪名川霊園前を更に南下して笹尾集落の六瀬住民センターまで降りてきた。杉生城・若城~此処笹尾城も多田荘六瀬(むっせ)村、多田院御家人の六瀬氏(平尾氏?)が領主として統治していた地帯。小さな山城が在ったが杉生城と同様に城域の前後を堀切区分している。
      主郭部北端の土橋<右手中央寄り>付き堀切
画像
六瀬住民センターと笹尾公会堂(地区消防団車庫・火の見櫓が有る)間の地区道を抜ける正面の比高70m程の頂部に主郭を置くが、南北の尾根筋100m程の小規模な城。堀切も埋もれかけて浅く、元々高低差も少ない切岸は崩れてか?高さも傾斜角度も失っている。
   主郭部南端(主郭)から東10m程下の埋もれかけた堀切
画像

自然地形の幅狭く細長い平坦尾根と削平も甘い主郭・尾根を充分掘り切っていない堀切や、虎口や低土塁の作造さえ殆ど見掛けない猪名川町内の城(未だ5~6城しか見ていないが)は、多田院御家人領主・塩川氏の被官として土豪の築城技術のレベルなのか?。築上時期や城主も不明の城造りながら、規制・制約を受けて大規模な改修を許されないまま終焉を迎えた城なのか知らないが、隣国の能勢地方の城とは比較にならない隔世を感じるが、築上の時代や時期・城主等の城史を抜きにして、粗野な縄張りの城域に立ってみると、悲愴感・悲哀感を余り感じない!!?。城は出兵の一時期帰還の場所・戦いには平野部か、別の出兵場所だったのか?、領内での合戦・落城記録を塩川氏の山下城以外に知らない為、余計にそう思えます!!。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 3

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
面白い
ナイス

この記事へのコメント

イッシー
2011年05月03日 16:05
天ヶさんこんにちは!猪名川のイッシーです!本日木津城跡と宝塚市波豆にある尾島城跡に行きました!両城跡とも見応えがそこそこある城跡でした!猪名川町に気になる山が一つあります。猪名川町北田原にある丸山という山で丁度猪名川国際カントリークラブの近くにある山です!山頂は平地に見えます。県道12号線を篠山方面に走って行くと右手に見えて遠くからでも山頂付近は平地に見えます。もしかしたら城跡があるのかなと思います!!今度一度登って調査したいと思います!!八幡城跡と一緒に調査してみます!
2011年05月03日 21:17
イッシーさん 木津城は当然?猪名川の木津城ですよね? 山頂部の平坦地は曲輪と思えますが、尾根筋前後に城址を感じさせるものが無く、北裾の上り口に空堀土橋状があり、登り始めて直ぐ現れる石塁状・堀底道沿いの竪土塁状・・城遺構と見えなくもない?不思議な城ですね?。
千刈ダム湖周辺を、寺の犬に先導されて向山を歩いたことが有りました。寺を出て寺へ戻るまでズッと先導のガイド犬でした。古い伊勢構の碑が立っていたと思う。宝塚へ抜ける伊勢に至る街道や中山寺へも通じる西国巡礼道も有ったのかも?。其の寺の東に尾島城が在ったのですね!!。当時のダム湖周辺はどんな状態だったのでしょう?。摂津三田と宝塚・猪名川を繋ぐ街道筋の、城遺構や築城目的や時代は、古来から多田源氏の巡検路?、羽束山周辺の古戦場・・等を経て、城史情報がなければ推察は難かしいでしょうね!!?。城リストに小島端館を採集していますが、位置不詳?波豆八幡を比定していますがどうでしょう?
万善砦は一本松山ではなく丸山頂に在るのかも知れませんね。山容が変わる程の大土木工事による築城なら期待したいところですね。調査・頑張って下さい。

この記事へのトラックバック