柏原藩織田家菩提の成徳寺

丹波の森公苑の丘陵東南方・北中地区の最奥に成徳寺(臨済宗妙心寺派)があり、前期柏原藩初代藩主織田信包(;織田信長の弟)が帰依し信則・信勝と三代続くが 信勝は28歳で亡くなり、継嗣無く改易されます。45年のあいだ天領(幕府直轄領)となっていたが、大和宇陀から織田信休(のぶやす)が柏原藩に移封され:後期織田家初代となります。
      織田信勝の宝筺印塔
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二代目藩主信朝(のぶとも・信長の次男・織田信雄の五男)が元禄年間に寺を再興する際・前期最後の藩主信勝の戒名(成徳院殿雪巖元公大居士)に因んで成徳寺と改称されました。信休から10代:信親で明治維新を迎え廃藩となる後期織田家の菩提寺の徳源寺は、維新後に廃寺となり柏原町東奥に織田家廟所として墓碑は遺るが、位牌は此処:成徳寺に祀られ前期・後期柏原藩織田家の菩提寺として歴代藩主と其の家族の位牌と織田信長・筆頭家老 池田?氏の位牌も祀られる。
     初代:信包と二代:信則の墓碑/最奥に宝珠と相輪を見せるのが信勝で前期織田家三代が並ぶ
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成徳寺の山門を潜って境内に入ると、 直ぐ右手に金毘羅権現社と合祀されている嘉多拝織田権現社があります。”嘉多拝”の意味は不明ですが、成徳寺の北方には信勝の屋敷跡が在った東奥に、信勝を祀る織田神社・織田権現があり此処を指すものか?、風邪に効く神様と伝えられます。
  位牌堂の前期柏原藩織田家三代及び家族の位牌
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 墓所には信勝の宝筺印塔があり丹波市指定文化財となっていますが、信勝350回忌に初代信包の五輪塔が、最近其の隣に二代信則の宝筺印塔が篤志家により今年(2011年10月現在)建立されたばかり。信包の本墓は京都龍安寺に祀られるが・・・

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