余野十三仏 豊能

池田市から豊能郡余野へR423号(余野街道):茨木・高槻から亀岡に向かう亀岡街道が交差する余野は摂丹街道の要衝となり、街道を見下ろす城山に幣ノ木城(余野城)が築かれていました。城域は府立城山高校となり粗単郭様の居城の遺構は壊滅状態となっています。・・がこの学校も208年に閉校となっています。
  寺田川(右)の余野川合流地点から城山高校(閉校)の建つ余野城跡
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府道109号を挟んで城下の南・グラウンド先の寺田川沿いに十三仏が立つ。永禄7年(1564)造立で表裏二面に各20体もの仏像が刻まれ、表面上半部には錫杖を持つ主尊に両脇侍は合掌した地蔵菩薩立像の三尊像が刻まれる。前年に洗礼を受けた高山飛騨守の勧めによるものか、余野城内に於いて余野の城主クロン殿(黒田氏か?・・余野山城守?)一族とともに、高山飛騨守の息子高山右近(当時12才)を始め家臣達一族53名がロレンソ修道士により、キリシタンの集団洗礼が行われた年でもある。同行多数の後生安楽を願って建立されたものか?。
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仏道を捨てキリストを「本願とする新しい道」に生きることへの、一族の証として建立されたものではなかったかと思われます。ひょっとして石材の何処かにクロスが刻まれてはいないかとも思うのですが 勘ぐり過ぎでしょうか。10年後には高山右近の妻となる余野城主「クロン」殿の娘「ジュスタ(ユスタか?)」もこの時ロレンソ修道士により洗礼を受けています。

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