筒江城 朝来

北近畿豊岡自動車道(春日和田山道路)道の駅「但馬まほろば」近くに茶すり山古墳が在る。春日和田山道路沿いの南側を県道136号が並走する。其の茶すり山古墳と春日和田山自動車道の和田山ICの中間点付近に、此の筒江城が在りました。
  筒江城:土橋付き堀切、下方に主郭裾を捲く横掘と土塁が見える
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筒江城の東北方に茶すり山古墳を望むが、筒江城の西方直近には大型の横穴式石室を持つ城ヤブ
1号墳
<6世紀末頃の築造>が有り、筒江城北端の地区道路分岐には”筒江城と1号墳”の案内標識が立つ。【朝来市市内でも屈指の巨大な玄室】で玄室から羨道・開口部を観ると玄門部は確りした造りで左右ほぼ同幅の両袖式が美しく完存する。
  有事の際は断ち切って独立させる土橋だが?石列と足下(主郭側)は2‐3段の石段跡の様!!?  
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此の後に向かった加都地区にも円山川沿いに車塚古墳・王塚古墳が、加都城?と推定した丘陵上も加都神社裏古墳群で10基ばかりの円墳が遺る。古墳に限っては以前のブログへの書込み内容が、重傷のトラウマとなり抜け出せず此処でも画像やレポートはパスします。
  主郭と副郭は堀切で分けて土橋で繋ぐ
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筒江城は県の遺跡地図に所在は明らかになっていますが、築城時期や目的・城主等の城史詳細は、郷土史誌等からも不明・・・ですが、城址の北麓集落内に「シラガハナ(城ヶ端または城ヶ鼻)」の字名が残る。
  主郭西下の上り土塁?と横掘・土塁
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位置からは但馬竹田の城も近く、竹田城主:太田垣氏配下の城とは思われますが、縄張りからは土橋付き堀切を介して東西の二郭から成る城館で中世後期のものの様で太田垣氏とするには微妙な?時期だが、但馬攻め頃の秀吉方の城や赤松氏が竹田城主となった後までの城とも思えません?・・が遺構の残存状態は良い。
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主郭北面切岸下の空堀(横堀)土塁<途中の土塁を割いて竪堀が落ちる>
福知山市方面から和田山 ・八鹿へ向かうR9号(山陰街道)からも、播磨側の市川沿いに福崎町・神崎町から生野峠を越えて円山川沿いのR312号(但馬街道)の幹線から外れたコースだけに、城址を探しても領地支配の古いタイプの小規模な城か間道監視程度の砦程度と、余り期待を持たずに訪れたが、京都・亀岡から篠山・佐治(丹波市青垣町)を経て遠阪峠を越え但馬側の矢名瀬(梁瀬)に出てR9号の山陰道に繋ぐ古代(延喜式)山陰道と、此の矢名瀬から西に進み 加都地区を抜けるR312号(但馬街道)を繋ぐ間道は準要衝?で、矢名瀬や加都には市場が成立しています。

 

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