折山城 綾部市

JR綾部駅前から府道8号線を東へ走り由良川に架かる丹波大橋を渡るとR27号。今迄:上林地区へは由良川沿いを南下して「山家」から府道1号線を北上していたが、R27号を北上し”下八田”から「あやべ温泉 サインボードを見て広域農道を旭町に向かい、十倉町名畑町で先方で行止りとなる府道481号の上林川沿いに以前:赤道城・梨子ケ岡城を訪ね、今回東中山城の再訪とリトライした佃城訪城を果たした
  大堀切(現在:切通道)から西郭(稲荷社参道)へ
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広義の!?上林地区(口上林・中上林・奥上林に区分される様ですが!!)を抜ける府道1号線(小浜綾部線)はR27号から1号線に入る入口の”山家”は京丹波町の接し、上林河沿いの中〜奥上林は、君尾山・養老山・三国山系(福井県高浜町とも境する)の東裾を抜け福井県大飯町へ、上林川上流の頭巾山は大飯町・南丹市に境する地域。
   東郭(主郭)の祠跡と櫓台土檀
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中世:三丹(氷上<丹波市>天田<福知山市>・何鹿<綾部市>)に進出した黒井城主:赤井氏や、京都丹波から丹後・若狭の一色氏や武田氏を攻めた管領:細川氏と八木城主:内藤氏等に翻弄されたと思われるが、当地各城や領主との攻防や帰順等の城史自体、其の詳細は不詳・不明部分が多い事は、此の折山城も築城規模(中央の大堀切で縄張りを異にする東郭と西郭を含めれば凡そ300m程か!!?)が大きな平山城・山城ながら築城時期や城主等の城史は不明!?です。
   稲荷社を祀る西郭の櫓台土檀
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上林川がコの字に屈曲して流れる中央部へ、東方の247m三角点峰から西へ突出す丘陵尾根上には、城域の中程を大堀切(現:切通道)が遮断して、東尾根側に主郭、西へ舌状に突出す細長い低丘陵上に曲輪を並べる西郭の、縄張り特徴を異にする二郭から成り、東西の主要曲輪には方形の櫓台土檀を持つ。
    西郭の土橋付き二重堀切
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西郭は中央の大堀切から赤い鳥居を潜る参道が通じ、土橋付きの二重堀切を越えて稲荷社を祀る主曲輪へ、東郭は山上の副郭・主郭の二曲輪を主要郭とするが尾根筋南北斜面に竪堀を・三角点嶺へ向かう尾根筋を大堀切で遮断しています。此方も主郭には祠が建つが朽ち壊れた社跡に祭神は不明。字名の「雨乞」からは福知山市大江町の元伊勢関連か?、近在では上林川上流に頭巾山(871m・HPは2000年からなので1998年の登山レポートは無)があり、折山?(247m)西尾根続きのピーク東郭(主郭)山頂に祀られる青葉権現が雨乞いの神として知られます。愛宕社や秋葉社なら火伏せ・防火の神だが、愛宕・秋葉の信仰は一端火が出れば、藁にも縋るおもいで一転:雨乞いの神になるのかも・・?。

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