物部城 朝来市

R312号線とは円山川を挟んで、JR竹田駅を発ち播磨方面へ南下する播但線が県道70号線<旧国道>と並走する。次の駅:青倉駅の直ぐ手前に150m程?に物部八幡神社があり、此処から北方に向かう谷間に、播但連絡道路の白い高架橋が見えている。左方の専用道路手前の丘陵部に木ノ内城、谷間を挟む右手・専用道路の奥に物部城が在った?。
  山内城側から望む・・木ノ内城と播但連絡道右奥に物部城
画像

左右の城址への取付き店を探して谷間を奥へ進む地区の作業林道?入口に、入山禁止の貼り紙がある。松茸山の止め山の為で此の時期に松茸山で無い城探しは、現地まで行かないと判らない場合が多いのでツイ出足は鈍りがち・・・ヤッパリ・・・。二城の訪城を諦めて県道70号のJR播但線青倉駅を少し南先方まで走ってみると、道端沿いに小さな丘と、その上に神社が祀られている。
  船ノ宮古墳(三段築成の後円部)手前から西側へ裾に周濠が残る
画像

此処が県指定文化財(昭和36年8月23日)船之宮古墳だが、古墳の詳細を此処では避けるが、平坦地形の一帯に古墳時代中期(5世紀後半)の周濠をもつ前方後円墳で、全長約90m<周濠を持ち此れを含めると約115m>・前方部幅50m・後円部径47m・高さ約8mで但馬では、池田古墳に次いで二番目に大きな規模を持ち、造り出し部分(伊丹市:御願塚古墳を例に)もある。日本最古の牛形埴輪(全国で3例目とされる)が採集されています。
  出曲輪か旧物部城か?(主郭?南西下部の竪掘状・・?
画像

物部神社から背後の丘陵に向かい直線上(真後ろ)山麓に小祠がある。物部城の小字:乳母山?に纏わる神社の様です。神社前の広い2‐3段の曲輪地形は居館?・屋敷跡か?とも思える。祭神について俗説があり:竹田城落城の折り、城主の乳母が此の地に遺児を匿っていたと云う。此の小社の背後に続く尾根筋は西国33ヶ所ミニ霊場の参道となっており、程なく東屋休憩所(すゝ美堂)が建つ山頂部の平地に着く。
  出曲輪か旧物部城か?(主郭?)から望む木ノ内城
画像

此処が字名にある乳母山頂上の物部城か?。麓の小社から此処までの正面尾根は比較的緩斜面で平坦地形もあるが 顕著な曲輪や曲輪段差の切岸加工も堀切・土塁等の防備施設も皆無。物部氏の城として物部城と木ノ内城は改めて松茸山解禁後にリトライすることとします・・
 物部城古城か出曲輪か?・・・ホントの物部城は連絡道トンネル出口付近北の尾根か!!

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 1

ナイス

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック