天空の城撮影ポイントⅡ(立雲峡)  朝来市

竹田城址からは眼下に竹田城下の町並みと円山川を挟んで東正面に大きな山容を見せる朝来山(756m)が、霧海の上に姿を見せています。春には朝来山中腹部に白っぽく見える所が、竹田城主等が「遠見の桜」を楽しんだ立雲峡で数千本の山桜が、順次高所に向い開花時期を長期に楽しめる名所。但馬:竹田城と聞いて、知っている人が先ずTVや雑誌類・カレンダー・ポスターから思い出されるのが天空の城として”雲上に浮かぶ竹田城址の姿でしょうね。そして全景に桜花をあしらいその奥に霞む総石垣の山城の、お決まりの絵葉書写真的構図。此れ等何れもの撮影ポイントは殆ど(例外なく)が立雲峡からのもの。
  第三展望所
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立雲峡は朝来山の中腹にあり但馬吉野とも称され、奈良時代・麓には湯治客で賑わった温泉もあったという。温泉と云えば立雲峡入口前を県道277号が山東町与布土へ抜ける。車道を挟んで北側の丘陵上の金梨山(悲し山の名で竹田城落城悲話の伝承がのこる)も竹田城を俯瞰出来る高位置から望める。県道を東へ少し走ると迫間の集落・畑地の先の林の中・迫間古墳群の中に石積双室古墳が有る。緩斜面を降っていく先に与布土温泉が在る。近場には与布土氏館や衣笠城(竹田城は望めるが流石に此処からでは遠い)が在る。与布土は先の藤和大将軍杉ブログ内で紹介した「お杉さん」が、おそらくは此の道を竹田城下へ出て、加都から藤和坂へと奉公先を往復していたものか?。大きな看板は立つが立雲峡への入口は・のっけから幅狭い林道が続き、やっと車幅が広くなり”歓迎”の横断幕を潜ると程なく終点の駐車場。駐車場の隅からも一ヶ所・竹田城が遠望出来るが、ほんの2‐3分も歩けば第三展望台に行き着くので一寸頑張って進んでください!!。     
     第二展望所
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竹田城の築城石材は加都付近にもあったが、石材運搬搬入の許容範囲・距離(4km前後)から考えてみても、第二展望台付近までの登山・散策道沿いに点在する無数の石材が運び出されたのではと思われる?。竹田城付近に築城石の切出し場や河原石採集持出し場でも分かっていれば田に木が生えたと云われる農民らの苦渋の選択・長期間の過酷な使役に苦しめられた古城から、更に其の後に完成した総石垣城の織豊系城郭・闘いの城は人が棲む場所でもなく比較するのも可笑しいが其れを空中都市・宗教都市マチュ・ピチュに例えるのは、いかにも観光地としての考え方か?。但馬守護代:太田垣氏により応永年間に築かれた土の城が10有余年・秀吉の但馬侵攻に太田垣氏の城は、またも土地の農民等が使役され石の城としての威容を山稜に見せる。
いずれにしても訪れる多くの人に壮大なスケール感・霧海に浮かぶ城の姿の感動を…と願うが自然・文化遺産としての城址や其の一帯に対するマナーの悪さばかりが目立つ。僅か10年程の間に生じた此の格差はなんなのか?。観光PRに先走り・現状以上に悪い結果を招く事の無いよう願うだけ・・
   第一展望所
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さて第三展望所の直ぐ上部・愛宕神社を過ぎる頃には登山道に水が滲み出して益々・泥濘状態の所もあるが、行場になっているのか?「竜神の滝」の滝場があり、その上の祠が祀られている前の岩上(3‐4人も立てば満席)が第二展望所だ。其処から更に10分程で流石に広い第一展望台に着く。竹田城の縄張りが・も少し把握出来る位置までも少し登れば絶好ポイントが有りそうですが、簡単デジカメズームも最大4倍では画面も・手持ち撮影でも既に限度

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