石見神社:日本一の大囲碁

新井神社は欽明天皇(6世紀 509‐571在位)の頃の創建といわれ、延喜式・氷上郡内式内社17社の一つで、茅葺の本殿が県指定(平成3年3月30日)重要文化財となっています。江戸時代初め比叡 山延暦寺の守護神「日吉神社」の分霊が移されますが、日吉神社は「山王権現」とも呼ばれ山王の使者は猿。本殿両脇には中井権次(橘)正貞の手になる一対の木彫りの猿が置かれています。
    新井神社本殿
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此の新井神社境内入口に石の鳥居と白壁で囲まれた小さな神社が石見神社。祭神には隣村【石戸山の尾根を隔てた久下庄(山南町)】との山争いを、江戸時代始めの元和年間(1615‐24)囲碁の勝敗で解決を図り、見事勝利して村民に平穏な暮らしをもたらしたと伝えられる谷垣岩見守を祀り、祠の前には巨大な石造りの碁盤が置かれています。
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平成4年(1992)”日本一大きい石の大碁盤”として奉納されたもの。良質の石材を求めて石工:難波金兵衛が此の地に移ってきたところ。「日本一」語源ともなって名声を馳せた丹波佐吉(金兵衛の養子となったが、其の後嫡男二代目金兵衛が生まれると、丹波を離れ転々と職場を移る”旅の石工”となったが、何度かは此の地に戻り作品を残している。
   石見神社と日本一の石の碁盤
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高見城山の尾根続きにある石戸山?(旧名:石童山)も昔から山の利権をめぐっては山争いが絶えなかったところです。≪現在の石戸山を指す石童山ではなく、尾根を山南町側に降った柏原町の飛地?石戸地区に通じる峠沿いか?≫新山とも呼ばれていたのは「新井村」の新なのか?は知らないが…境界紛争を囲碁の勝敗で決着をつけた谷垣石見守の古事にならい献納された縦205cm・横1.90m・高さ78cm・重さ約4瓲で実物の23倍の日本一の石造り大碁盤です。
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縁起石板には”傘に小さな穴を開けて、碁盤打つ目を溢れ目で示し…と、”丹波のむかしばなし”には格好の題材・伝承なので何集版かには載せてある筈ですが…!!? 囲碁の勝敗で石童山は新屋庄のものとなり谷垣岩見守の徳を慕う村人によって文化5年(1808)新井神社境内に岩見神社が建立され、其の後:大正3年(1914)現在地に移されました。新井神社境内に下り立つ丘陵尾根上には山ノ神城<次のブログでアップ予定です>が在りました。

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