西山城 丹波市

先のブログ:大河の嫁ヶ橋(丹波のむかしばなし:にも集録されている)の北向の丘陵上には大河城が在り、黒鼠子佐渡守屋敷が其の西麓に在った。鬱蒼とした薄暗い杉林の中に在ったが、今は砂防堰堤上の河原の端になったが、国相守神社旧跡の石碑だけが残る。移遷された国相守神社は大歳神社・高座神社境内に合祀されています。此の大河城とは北太田川を挟んだ東側の丘陵末端部に位置して呼応する西山城が在りました。
北太田川を詰め上がると方井寺跡で、柏原町との境界尾根を北へ降れば九十九折れの旧県道86号の峠に繋がる。久下城(玉巻城)から奥野々峠を柏原側小倉庄へ久下氏の領地だった所。
   嫁ヶ橋・大歳神社側から西山城
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大河城の丘陵尾根筋西には篠場から柏原:下小倉の県道292号へ抜け大部谷城の側を県道86号に出る。篠山川沿い県道77号篠場の入口丘陵先端には篠場城(砦)が在り、篠山川沿いの要衝(延喜式の山陰道)と小倉庄(柏原町)へ抜ける間道の監視に当たったのでしょう。
   前方後円墳に重なる西山城(南曲輪と主郭) 
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大河城の東:北太田川沿いに方井寺跡を経由して小倉庄へ抜ける間道にも、その太田入口には、篠場城と同様の砦西山城が在りました。
方井寺跡からの尾根続き高山(妙見の尾409m)から、北太田川沿いの東側を南へ延び出す尾根はウチガネ(433m)で尾根を分ける西南へ落ちる尾根先端部の小ピークに位置するのが西山城。 
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極小規模な砦の主郭は前方後円墳の方形部を南曲輪・円墳頂を主曲輪・後方に北曲輪をおく。緩斜面の北方下部には堀切があり、以前は此の堀切を北西に降り浄水施設(加圧ポンプ)側に降りた。全長30m足らず・高さ2-3mの高低差を切岸に、後円部外周(殊に西面)には葺石らしい数多くの石片が残り、石室石材も残存?する前方後円墳をそのまま使用した砦です。小型だけに藪の中だが山頂部にある前方後円墳全景が見てとれる。古墳詳細は割愛する。 各添付画像はクリック拡大して御覧下さい!!
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