白山 丹波市

加古川(旧佐治川)沿いR175号線が氷上町佐野(高見城の旧大手)の山裾添い稲畑の錦橋東詰に向かう車窓の左手には、西脇方面から丹波市に入った井原橋から氷上町・青垣町へと続く・加古川沿いの氷上回廊に、花冷えながらも咲き始めた桜並木の長い帯が延びていく。裾模様の淡い帯の上に競り登る二つの瘤を見せてる白山と、其の北先には露岩の山肌を覗かせる弘浪山の姿が低山ながら優美な姿を浮かべている。
 氷上廻廊(加古川沿い花廻廊)R175号稲畑:錦橋東詰からの白山 H25/3/30
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弘浪山は先のブログでも紹介したが山上に在った高山寺を城郭化して、南北朝期より幾度となく戦乱の災禍を潜ってきた高山寺城ですが、白山もまた城址。白山の東山麓は赤井野と呼ばれ、多紀郡(篠山市)の八上城:波多野氏と共に、織田信長軍の天下不武「丹波攻略」に最後まで抵抗した氷上郡(丹波市)黒井城主:赤井直政の出生地。
  五合目休憩所からの弘浪山
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城址については後ブログで紹介予定ですが、白山登山口となる白山神社境内が後屋城で赤井氏の居館跡。登山口の右手尾根の石山(3等三角点)に赤井砦<仮称>、白山山頂の神社跡からの北尾根【登山コース5合目の東屋展望休憩所から激急斜面の尾根筋を詰め、北尾根筋に出た付近に5段程連続する段曲輪・更に白山側に2段程の曲輪が在る細い露岩の尾根筋は堀切状になっている】にも段曲輪が遺る後屋山城(高城)<仮称>が在る。
  白山権現(旧名:赤城山)からの氷上盆地(赤井野)
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未調査だが後屋城西背後(後屋神社)の尾根筋にも東尾根の赤井砦と呼応し本拠の居館の両背後を監視・警護し、且つ白山山上の高城を詰め城として繋ぐ登城ルートだったか?。遺跡分布地図等や多くの資料にも後屋城の存在は山麓の白山神社境内付近に居館としてのみ載せられているだけ。
   
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白山神社登山口から広い参道が白山権現が祀られていた山頂迄続くが、登山者が少なくなった様で倒木や藪で荒れてきている様だ。”河童がいるかも…!!?”の池も水は枯れ、コースから少し(約6-70m程)外れた弘浪山展望所の五合目休憩所も藪っぽい。参道を辿る谷筋分岐付近の岩に割れ目に赤目不動尊が立つ。
   赤目不動尊(近場に「城の水」?)
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近くに「城の水」の水場が有った様。山上の祠跡は氷上盆地を望む南面は石垣・石段が築かれ、周囲上部は土留め・補強の3段程の石積み・本祠跡の石組み基壇の先には、篠ヶ峰やカヤマチ山?や東峰山が望まれる。祠前の燈篭はいずれも江戸時代中期の天明(1781-)・享和(1801-)の二基が残る。祠から西尾根を少し降った処から点名:新郷・赤井を経て篠ヶ峰へも尾根続き。どなたか挑戦してみますか?。いいコースですよ・・・
 

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