新庄城 南丹市八木町

新庄城へは先のブログ船井神社から文覚池に出て、堰堤防を渡った対岸の農作業小屋からの山道を辿ってみた。新庄城主郭から南郭への尾根中間部の堀切のある鞍部を目指す方が良いのかも…? 鹿猪除けフエンスを開閉して続く山道は直ぐ落葉で隠れる程に鹿も急登で足を取られ滑る。
    文覚池付近からの新庄城(主郭)
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主郭から船井神社側へ落ちる東尾根側に、土塁が曲輪の南半分を囲む東曲輪に詰め上がる。東尾根先端の緩斜面にも出曲輪がある。東曲輪に戻ると一段高く露岩を抱く大土塁があり、北側を回り込む曲輪先の見上げる高い切岸(約10m程?)の上部の広い曲輪が主郭(北曲輪)で南寄りに新庄小学校卒業記念の縄張付き城址説明版が立つ。
    東尾根の土塁曲輪
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北に落ちる枝尾根側に4段程の曲輪が続くが虎口受曲輪?の主曲輪下・切岸側の中段にも小曲輪が付く。主曲輪の西南面は足下も見えない程の絶壁だが、尾根端に突出す程の二段程の小曲輪がある。(更に其の下に曲輪等遺構が存在するかは確認していないが…)案内板の縄張図にある主郭(本丸)から
主郭の南尾根側土塁   
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南郭(南丸)への城址見学メインコースは、高さ1m程の土塁を越えた先。急斜面(7m程の切岸)を下り南尾根側の曲輪(此処も南端に土塁)に降りるが、探索者が少ないのか藪っぽく踏み跡も細い。鞍部まで下ると堀切(?明確ではないが…)が有り麓の作業小屋から畑地(果樹園?)を抜けて此処へ通じる道は有りそうです?
北尾根側からの主郭  
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【杣道は尾根通し・谷筋・尾根に上がる最低鞍部を目指すのが常套手段か!!?】堀切?の先で小広い曲輪段を過ぎると、ほぼ四方形(円状?)の南郭(南主曲輪)を囲む帯曲輪がある。更に南尾根筋にも段曲輪は展開する。城主は丹波守護代:内藤氏の家臣井上氏と云う。
激急斜面の西枝尾根:絶壁上の小曲輪
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城史詳細は不詳ですが井上治部の古城として知られる様で、主郭部からの尾根という尾根に城郭を構える八木城同様に、南尾根は更に先まで延びるのかも知れない?が、井上氏がどれほどの勢力を持っていたものか?。天文22年(1553)八木城主:内藤国貞が八上城主:波多野稙通(たねみち)の侵攻に討死、
   南尾根筋の南郭(三角点峰)に廻る帯曲輪
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永禄8年(1565)には氷上郡(丹波市)へ侵攻した松永長賴(内藤宗勝=内藤如安の父)が黒井城主:荻野(赤井)直正に討たれる等、内藤氏勢力は大きく後退していく。新庄城主井上治部は此の頃・明智光秀に降り傘下に入ったものか?姉川の戦いに討死し領地を失っているが後、信長から遺児:小三郎に旧領地を安堵されているという。

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