廃寺:安養寺と伊都伎神社

丹波市山南町内の小川地区から和田地区に向かう県道86号線が加古川(旧佐治川)に架かる(梶村)の船戸橋を渡ると正面の尾根先に岩尾城を望み、橋を渡り下った先で石金山登山口方向へ進むが、県道を直進は牧山川を渡る和田大橋で県道109号と合流する。目の前の丘陵先端部は名の示す山端城で、和田岩尾城の城下町東入口監視の砦だったか。
   也足寺
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梶の旦那寺(菩提寺)である金峰山也足寺(曹洞宗)は、除夜の鐘を鳴り始めると年賀に訪れるのが恒例だが、檀家内篤志家による涅槃図の修復・開眼供養の際、お披露目(御開帳!!?)前の涅槃図をブログに紹介している。今回は初盆の施餓鬼会法要に参席する際、最初に供養の塔婆を頂く観音堂には明光山安養寺【真言宗延明寺末で建久3年(1192)の開基】の本尊であった薬師如来像が安置されている。
  安養寺跡
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也足寺南東隣りの伊都伎神社の参道・車道並ぶの石垣上に拡がる広い平坦地が其の安養寺跡【真言宗延明寺末で建久3年(1192)の開基を伝え本尊が薬師如来像】、明治初期に廃され寺子屋として改築され使用されてきたと云い、広い平坦な空き地が拡がる其の背後に伊都伎神社が鎮まる。丹波市で伊都伎神社と云えば市島町の式内社が知られるところですが・・・。 
  伊都伎神社
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此の梶の地は鎌倉時代初期:氏族(坂東八平氏の一)鎌倉氏一族の梶原景時が源頼朝に仕え功を立て壇ノ浦に平家滅亡・頼朝の死後は北条氏を始め御家人達に謀反の疑いで弾劾され「梶原景時の変!?<建久10年 1199>」京へ逃れる際に討たれているが、景時の孫!!??・平次三郎景教(かげのり)と家臣:岡野源左衛門重行が此の地に移住し・開発したところから梶原の姓をとり梶の名があり、景教は後に出家し也足寺住職となっている。
(ふるさとの寺<氷上郡>・也足寺縁起・和田村史 参照)
  伊都伎神社と安養寺跡

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