井原城館? 丹波

滝野社ICから福知山方面へ北上するR175号線を北に向い西脇市黒田庄町を抜けると、ミニ道の駅「山南仁王駅」のある至山山麓は、加古川(旧佐治川)と篠山川の出合い加古川本流となって瀬戸内に流れ出る。此処に架かる井原橋を渡って丹波市に入り、山間の緩やかな加古川(旧佐治川)流域沿いの氷上回廊を但馬・福知山方面へ進む延喜式の山陰道
  井原城館?南尾根:西面を土塁で囲む曲輪(中央右に竪堀?)
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出合いに位置する至(イタリ)山から石金山への丘陵部が播磨・丹波の国境線。延喜式の旧山陰道はR176号の鐘ヶ坂を避けて、篠山市味間から山南町阿草へ抜けて篠山川沿いの現:県道77号に出て東空西へ、加古川の出合(山南町井原)から氷上回廊を氷上郡(丹波市)西南端から北上した要衝。
  井原城館?南尾根:土塁曲輪西面竪堀?落ち口)
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石龕寺背後の岩屋山から延び出す低丘陵尾根の南西端に日吉神社があり、背後に城砦遺構?が在る。尾根先部の最高所を主郭として、日吉神社側の南尾根上の曲輪は約800m程南方の出合(佐治川・篠山川・加古川の合流点)を望み播磨方面からの通行監視・東尾根筋の曲輪は足元の県道77号(旧山陰道)を監視。
  井原城館?南尾根最高所:主郭(古墳?)
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石龕寺領地境界の北尾根筋は領内監視と岩屋城(石龕寺城)への表玄関口の監視と、R175号(旧山陰道・氷上回廊)沿い監視の砦であったと思えます。中世氷上郡:黒井城の最前線基地、特に広沢綱忠が守る石龕寺城の出城とも考えられる・・・が、丘陵部一帯に二基の古墳遺構は認められる様ですが、城址遺構としては記載がありません。青垣町の西倉城(仮称)も再調査で未確認の古墳ですが、数段の切岸・堀切・土橋付堀切を備えた城に其の城址報告はありません。
  井原城館?東尾根曲輪群:空堀・上り土塁?(正面奥)
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井原城館(仮称)は井原北東の小山の屋敷の名があるが所在は不詳。主郭と思える最高所も古墳の墳頂を均したマウンドを使用したものか?、曲輪段が三段続く南尾根部は埋もれかけているが堀切状・主郭は帯曲輪を廻す。
  井原城館?北尾根曲輪への鞍部に二条の竪堀?
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日吉神社背後の磐座下には九州へ下る足利尊氏が祈願した至山出合稲荷社が此処に遷座している。磐座上からの尾根筋には土塁囲みの曲輪・落ち口に石塁をみる竪堀状もある。此処も曲輪背後は大岩磐。古代の天孫降臨等信仰の遺構跡なのか?
  井原城館?北尾根末端:左(西)曲輪と手前に空堀状
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東尾根筋にも切岸を落す2-3段の広い曲輪・空堀端には上り土塁状もみる・・・が直ぐ下方には村森集落の貴布禰神社が鎮まる。奥の院(石積みの石室)があり、以前見掛けた石仏を納めた石祠跡からも石仏巡拝・山寺等遺構の跡かも?・・・東北側尾根の奥の院(小祠)からは高低差少なく北尾根にトラバース。
  井原城館?北尾根末端:右(東)曲輪
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主郭からの北尾根は数段の小曲輪・西斜面に二条の竪堀状・尾根筋の土橋状左右には広い曲輪がある。石龕寺への岩屋集落を望む側・急斜面上にあり居館としても適所?だが、城史一切不明。素人目では城館として想像してみたいが、想定は崩れても専門家の調査を期待したいところです。

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