新道具東城

舞鶴若狭自動車道「春日IC」を降りて春日町から市島町へと竹田川沿いのR175号を北上。八日市交差点を直上して塩津峠に向かう竹田バイパスから市ノ貝との分岐を旧道・JR丹波竹田駅側へ右折して直ぐ左手丘陵上一帯が新道貝(東)城(しんどうかい<あずま>しろ)だが、竹田バイパスに入る手前・八日市交差点の50m程先で右手の旧道に入り、奥丹波の銘酒:小鼓で知られる西山酒造場とJR丹波竹田駅の中間点付近からバイパス・市ノ貝への地区道に入った方が取付き点が判り易い。
   南北の空堀沿い(竪)土塁
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地区道から丘陵上の墓地や圃場に向かう車道が取り付き点。車道を分ける右手墓地に続く北側の二段の圃場を堀状の溝がL字状に囲むようにある。排水溝か?、農道を挟む向かいの雑木と竹藪の中に空堀・土塁・削平状態は悪く曲輪部は判り辛いが、南端の櫓台状や東北部の空堀に面した土塁囲み曲輪。西北端付近の曲輪切岸・土塁等は比較的よく遺っている様。農道東側の排水路?(空堀状)を挟む墓地・田圃部は屋敷跡?とも思われる。
   南北空堀の北端付近土塁囲み曲輪
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市ノ貝(荒木山城への取付き・荒木山城は丹波守護:仁木頼章の子:義尹<よしただ>が管領・細川頼之方に謀殺された伝承地が北山麓<福知山市側>ある)に向かう地区道と農道が東西に抜ける竹田バイパスに北斜面を落す一帯までが城域!!?。農道の東が居館部か?、其の一帯南面麓に新道貝公民館・グランドゴルフ場・厄神・秋葉社を祀る小社が建つ。 
  農道を挟む城域東側の圃場と墓地間の空堀?状
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奥丹波の山間の地に市ノ・新道・・・貝塚に起因する名前か?、此処にも新道貝古墳をはじめとして中山・高坂等、バイパス側にも古墳が多く点在しており古来より拓けた土地。圃場整備やバイパス道工事・新興住宅地等による周辺の開発で、スッかり辺りは一変した感があり僅かに取り残されたと思える田畑や竹藪地の中の新道貝(東)城が、どこまで旧態を留めているのか縄張り図・遺構調査報告書等の資料でもあれば・・・規模や築城等の目的までが推察出来るのかもしれない・・・が。
  南北と東西に長い土塁・空堀(共に7-80m程)がT字状に交差する
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新道貝(東)(しんどうがい<アズマ>)城の城史について築城時期等は不詳ですが天正年間・友政城の支城として東氏が居城していたとされます。友政城とは竹田川を挟んで呼応し、南麓を通過して塩津峠を越え福知山市へ・竹田川沿いに三和町や綾部市へ抜ける街道筋の監視に当たったものか?。城域を東西と南北に土塁を伴う長い空堀があり、此の要衝の地は黒井城にとっても重要な東玄関口の最前線基地として街道監視や警護を固めた城館であったか。

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