宮田宝篋印塔 篠山市

篠山藩歴代4代藩主となった(形原)松平康信が初代・二代目典信の庶長子が信孝ですが、次男の信利が3代目篠山藩主となっています。庶長子でなく嫡子なら?…篠山藩(形原)松平3代藩主となっていた!?松平信孝の供養碑が何故か?市内宮田(旧西紀町)にあった。第13代足利義輝の嫡男で、世が世であれば14代将軍となっていたかもしれないが足利義高(覚山天誉上人)の墓も同所のあった。さらに此処【摂取山光照寺境内の一隅】には…宮田宝篋印塔がある。
画像

篠山市内の宝篋印塔には同Webページ内に木之部耳薬師の宝篋印塔伊勢三郎の宝篋印塔鷲尾三郎の宝篋印塔小野宝篋印塔(延喜式山陰道・小野駅跡近く)等…山城の麓には垣屋・味間等数多く遺るが、篠山市内最大<高さ216㎝>の宝篋印塔(市指定)が宮田にある。基壇上に複弁の反花(かえりばな)の装飾をつけ、4面に輪郭をとった格狭間(こうざま)という装飾が刻まれているが、惜しむらくは燈身が燈籠に使用するため刳り抜かれ・この部分の装飾(四仏か四仏の種子が彫られていたと思われる)が判別できないが、隅飾り突起等の各部手法からみて鎌倉時代後期を下らない、県内でも古い時期の造立とされます。隣に建つお堂の鰐口がまた市内最小のもの…とは篠山市内の郷土史家・丹波史懇話会会長:中野氏の現地案内と調査結果により聞いたはなし・・・。市内最大の鰐口は夏栗山・黒頭峰登山口にある高蔵寺(市指定)だったか…今年の桜花名所案内は間に合わなかったが枝垂桜の名所なので来春は…

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック