玉丘史跡公園 Ⅱ

”イオンモール加西北条店”に寄った帰路には、此処玉丘史跡公園〈加西市玉丘町〉周囲をウォーキング兼ねて散策することにしており、昨年も今の時期に寄っている。玉丘古墳群は古墳時代中-後期〈5-6世紀>にかけて築造された古墳群を公園として整備・保存されている施設。
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秋景色の寸景を楽しむには未だ少し早いようだが、駐車場からは:エントランスから玉丘古墳へと湿地帯の中の桟橋を歩くプロムナード。季節には池・湿地の植物群の観察を兼ねて、古墳の周溝や広い芝生公園内を散策しながら見学し易い状態。分岐桟橋の一方は何時頃からか園内に飼育されている山羊の「草次郎」がマスコット的存在。それにしてもマスコットにしては壮年期・いや中年過ぎの高齢化?、貫録十分の容貌・・・ですが・・・
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玉丘古墳には「播磨国風土記」に登場する根日女悲恋【大和朝廷の皇位継承争いが続く都から朝廷(21代雄略天皇)の追っ手を逃れ、身分を偽って播磨国の賀毛の里に身を隠していた二人の皇子(意奚(オケ)・袁奚(ヲケ)との出会いで始まるがニ皇子は雄略天皇により殺されてしまう・・・】の物語の舞台として知られます。
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【二人の皇子とは弘計(おけ)天皇とも呼ばれた弟:袁奚(ヲケ)が、兄に譲られて先に23代顕宗天皇となられた。在位3年で亡くなられ、兄の億計王((おけのきみ)が24代仁賢天皇となられた意奚(オケ)ですが、先代の21代雄略天皇により最後を遂げます】
根日女は加西市のイメージキャラクタ-だが、その昔!!:母を連れ何度か訪れた”加西天然温泉根日女の湯”も近郊に温泉に圧されてか?閉館してしまったが、此処では最近出来たらしい遊戯施設が、公園管理事務所側のガイダンス施設上の高台展望所の前にある。
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ちびっ子遊具広場:ねひめの森”の背景には主人公の陵「玉丘古墳」が横たわる。周回してくると陪塚古墳周辺の芝生広場から古代農園・古代の森にかけては、すぐ傍に”手づくり庵”があり、子供たちが此処で製作したものらしい…埴輪群が並ぶが、出土埴輪のコピー版ではなく・ユニークな作品もあって楽しめる…旧ブログのグルメ関連と同様で、古墳についても其の場所がよく分からないとのクレームコメントがあり…超マイナーな趣味?は避けてきた。古墳フアンなら、国史跡とか案内板付古墳ならともかく、私有地で藪化した山林内・位置も定かでなく、専門調査する人さえ先に発見されていた古墳が確認できず…と分布図等記事の書かれていることがある。凡そ辺りを付けて自分で探すべき。情報があるだけでも充分かと…

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