鹿場東城 丹波市

先のブログでは下地公民館北方約500m程の位置に在る鹿場西城館を紹介していますので、次に其の東へ約600m程に在る鹿場東城館<丹波市春日町鹿場(かんば)中地>へ。オレンジ色の屋根瓦が目立つ鹿場公民館の側近く、妙高山・神池寺へ延びる丘陵の南先端部が平野部に落ち込む地点。
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三尾山(赤井直正の弟・幸家の三尾城が在った)が荒々しい障壁岩をそば立て聳え立つ姿を南正面に望む位置。三尾の眼下・山麓を舞鶴若狭自動車道が走り、東城館との間には、黒井城下を走るR175号(福知山市・綾部市や丹後・若狭への街道)から分岐する:県道69号線(栗柄峠に出て篠山市・鼓峠を京都府側三和町や篠山市福住に出て亀岡市への京街道に繋ぐの要衝。ほぼ県道と並走する竹田川が流れる。
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竹田川を自然の濠とするかのように、此れまで紹介してきた尉ヶ腰城・柚津城・鹿場西城館・鹿場東城館が、更に東方へは下三井庄城館・西福寺城館(仮称)・上三井庄城・大路城…が横並びに築城されて、全てが三尾城配下の城塞群かとも想像していた…が此処にきて西城館から下三井庄城館までは、どうも黒井城・三尾城関連の城塞とは少し違うように思えてきた。…いずれも築城時期・城主等城史不明だが、私的には中世前の古城・荘園監視の地頭の砦とも思える。此の鹿場東城館が伝承?に天正期明智軍との合戦に城を出て戦った波多野氏一族畑氏の某兄弟が拠った城とも思えない?。 
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鹿場公民館斜向かいにある薬師堂から取付き鹿場東城館を目指し薮をついて尾根まで出る。南先端は平坦で見張り所として利用出来そうだが、遺構は鞍部より北方の最高所付近に、僅かに土塁痕を遺し東北方向に低いが切岸を落とし、北斜面に2-3段ほど小曲輪段が、東下部の堀切状は鞍部を越える堀底道状の山道か?。

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