上三井庄城館 丹波市

先のブログに丹波の女流(望郷)の詩人深尾須磨子をUPしているが、篠山市方面栗柄峠へ向かう県道97号線と分岐して、三春峠を越え天田郡(現:福知山市)三和町へ抜ける県道709号線に入る下三井庄町には下三井庄城館が在る。
   三井庄川沿い県道709号から上三井庄城
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更に三井庄川沿いに進む県道709号線は左手(北方)に東漸寺への案内表示を見て殿地橋を渡る・其の東側には点名:高谷309mから南へ延び出す丘陵尾根が三井庄川に落ち込む。此の南尾根の先端ピークに上三井庄城館(丹波市春日町上三井庄殿地)が在った。
   主郭切岸と帯曲輪南端の土塁
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東漸寺参道入口の山門石柱傍には元禄10年(1697)建立のものだが、丹波市では非常に珍しい!!?十三佛を中肉浮彫した石英粗面岩の菩提供養石碑が立つ。冬の午後の陽が佛たちの最上部:虚空蔵菩薩だけが浮き彫り状にスポットライトを浴びている。上三井庄城館は在地:大路谷を支配した豪族:細見長門守・弥四郎父子二代に亘る居城と伝えられ、東漸寺は城主:細見氏の創建とも云われますが、所在の殿地からは寺域が居館:構居であったと推察します。 
   主郭と北端(三重堀切側)の土塁痕
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城址は三春峠を三和町に至る要衝を監視出来て、しかも前面に三井庄川・北面を除く三方は懸崖状の自然の要害、しかも土塁・堀切で防備を強化している遺構からは天文~天正期初め氷上郡(丹波市)内に有った多紀郡(篠山市)波多野氏の飛び地的位置にあり、栗柄峠側を監視する大路砦【城主は波多野秀治の義弟:二階堂秀香】が在る。
   主郭北端の切岸と第一堀切
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殊に天文年間:細川氏内紛には晴国方の波多野稙通が、晴元方の赤井・荻野氏方を攻略し氷上郡(丹波市)に進出 しており、波多野氏拠点として西波多野の霧山城(幻の氷上城?)や穂坪城…等の一つとして上三井城が築かれ細見氏が拠り、そのまま土着し?…その後:黒井城の荻野・赤井氏傘下に入り、三尾山城主・赤井幸家の配下に組み入れられたものか・家臣団の一!!?が拠った城だったのでしょうか?。
  上三井城の三重堀切(北尾根側第三堀切~最上部は主郭切岸)
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三春峠を越えた三和町…篠山市本郷に掛けては塩見氏の一族の本拠地?。波多野氏配下本郷城細見将監が敗走する明智光秀を鼓峠に待伏せし退路を絶つ戦いもあった。赤井直正が天田・何鹿の三郡を領していた時期・氷上郡外勢力(京都丹波側)による援軍の城だったのかも?。

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