丹波人物史 近藤九市郎と(現)大手会館

丹波市の柏原藩織田家陣屋跡と柏原町総合庁舎・丹波県民局の間に洋館が建つ。嘗て植樹されていたカイズカイブキが陣屋表御殿を覆い隠す程に大きく生育していたが、陣屋北隣のレトロな洋館建築も同様で散策に訪れた観光者は長屋門と陣屋の表御殿に目が向き、垣根となっている植樹類の影ともなって余り目立たない存在だった。
   
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此の建物が明治18年(1885氷上郡各町村組合立高等小学校の校舎として建築され、近代教育施設の関連建築物としては県内最古部類に属する擬洋風学校建築で、明治41年(1908)郡立柏原高等女学校。近藤九一郎が初代校長として就任し、細見綾子をはじめとして多くの才媛を輩出しています。明治中期の貴重な近代洋風建造物・歴史的建築の価値からも柏原町文化財(昭和41年11月3日)指定・平成21年(2009)県重要文化財の指定も受けており、学校施設・柏原病院・同窓会館(柏陵会館)・教育委員会事務所等…種々変遷を重ね高齢者生涯学習施設として改造され大手会館と改名されました。【明治中期校舎としての創設から大手会館に至る変遷の詳細は←ホームページを参照願います】
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此の明治洋館建築の設計は棟札からも県土木課・(鉄扉・屋根・壁・硝子板・日本建具類・天井貼…)等の各箇所は旧氷上郡(丹波市)内の請負建設業者の手で成され、西洋建具類のみは神戸から運ばれてきたと云う由緒も、丹波人には誇れることだが、老朽化で一時使用中止の大手会館が今・改修・リノベーションされ、敷地内周囲を芝生・植樹のガーデニング工事中!!。工期は今年2月末で完成予定。公示されていなかっただけに今まで気付かなかったが、もう直ぐ市報等で全容が知らされる事でしょう?。
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ガーデン計画も従来のような陣屋側を隔絶する様なグリーンベルトは避けてもらいたいものです。館内にはカフェ・レストランもできるとある。大手会館・西方には茅葺古民家を移設してのレストラン?が同時期にオープンするらしく、改修工事が進んでいる。

此の大手会館正面南側の大きな自然石の面に埋め込まれた胸像があり、石碑裏に”近藤九一郎君像”とある大正15年11月7日の建立。近藤九市郎は明治元年(1868)何鹿郡上林村(現:綾部市)の福井家に生まれ19歳の時:旧綾部藩士近藤家の養子となって、明治15年京都師範学校に入り明治22年卒業し綾部小学校教員となる。
 近藤九市郎碑の背後は柏原藩陣屋と其の正面に植えられていたカイズカイブキ
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その後明治24年綾部高等小学校長・明治30年文部省に出向して東京高等師範学校教員となり、同校研究科に入学・明治34年に卒業後:柏原町の要望により崇廣小学校の校長に就任するが、かたわら女子教育に関しては設備不充分と、柏原町に女学校の設立を求め明治35年5月柏原町立崇廣尋常高等小学校内に高等小学女子補習科を設置、翌・明治36年4月町立柏原女学校【明治41年郡立・大正11年には県立柏原高等女学校】の初代校長に就任し、大正15年4月まで23年間・女子教育に貢献されてきた。退職後は「丹波史談会」【<現在は京都丹波の丹波史談会(機関誌・丹波)と兵庫丹波の丹波史懇話会(機関誌・丹波史)>に別れているが】」を作り氷上郡史の編纂等にも尽力された。  

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