小新屋観音 丹波

夏のシーズンも終盤を迎え、秋が忍び寄り始めると麓では気付かないうちに山は秋の準備を始めると、早朝には山麓を霧海が包み込む丹波霧の季節に入る。丹波・北播磨の境界尾根に位置して、丹波の霧海が360度展望できる石金山へは隠れ紅葉の名所:小新屋観音を登山口として利用している。
画像

過去に多くの紅葉の名所を紹介してきたが、「隠れxxx」とした寺社さえ・何時の間にか桜や紅葉の時期だけは入山料を徴収するようになってしまった。樹木の手入れや植樹も含めての環境整備が名目ならまだ理解できるし、寺社修繕等の名目での志納金ならまだわかるのだが!!…、花の寺で有名になった寺社を例にとってみても:神社・当山主の要望ではなく、駐車料・出店料等…地元の運営管理…によるものか?疑心暗鬼。 
画像

其の様なモミジ寺の中にあって、此処:小新屋観音は別天地。地元の観音奉参会?か小新屋観音保存会?・地区内の皆さんや篤志家らの寄付によるものか?、早朝より4-6名の主婦らの奉仕活動により参拝者には、御茶の接待・地元和田の菓子商”い○○や”さんの「小新屋観音堂絵付」煎餅をお茶請けとして、何年も前から無償提供されている。境内の床几に腰かけ・モミジを鑑賞・接待を受けながら地元の人達との世間話にユッタリした時間を過ごすのも…いいですね。
画像

小新屋の観音(永正年中<1510年頃>の岩尾城主・和田日向守齋頼<よりとき>霊夢による石船(宇堂床)の伝承と、大正2年(1923)京都は右京区梅ヶ畑の一ノ瀬村より、不自由な娘さんの足をなんとか治してやりたい一心で、霊験を伝え聞いた父親が手押し車に乗せて小新屋観音へ詣ってこられ、暖かい励まし ・支えもあって、父娘は籠り堂で寝起きして一心に観音に祈願したところ、娘さんは遂に一人で歩けるまでに快復し、感謝し喜び・手押し車を観音堂に奉納して京に帰っていった)に纏わる二つの丹波のお話を収録しています。⇒ http://tanbakiri.web.fc2.com/TANBAmyouken01-docu.htm#koniya
     以前は上記HP添付画像の様に屋形橋だった…
画像

小新屋観音本堂正面・谷に掛かる屋形橋の屋根に奉納された木造りの手押し車が掛けられていたが、橋はコンクリート橋に付け替えられ、石舟に乗る観音像の堂の側に置かれていた祈願者が不要となり奉納していった松葉杖・義足や履物類等も見かけない・・?。手押し車は本堂袋戸棚の上にあげられていたが、今はその戸棚の側に立て掛けてあり、薄れかけているが「京都府xxx・・・」の墨字が残る。
画像

1カ月余りを篭り堂で祈願していた父娘に、食事を運んだり…何くれとなく面倒を看、援助・励ました地元の人達の厚い心根と、信仰心は今も息衝いているようで清々しい気持ちになる。最近は冠婚葬祭を自宅で行う家が殆どなく、家でも大量の座布団等が余り・35-40枚程を店を持つ京都の知り合いに贈ったが、境内で先日お茶を頂いていた際に、残った座布団15-6枚を此処で使用できれば…と話していて、
画像

今日・引き取って貰えるというので直接持ち込んで喜んでもらえた。
色褪せてきた隠れ紅葉の名所:小新屋観音をあとに晩秋の岩尾城を望みながら薬草薬樹公園(フレッシュ館)前を抜け、小野尻峠を播州:多可町側に越えた。

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント

この記事へのトラックバック