織田まつり2016 丹波市

柏原藩織田まつりと「丹波かいばらうまいもんフェスタ」が今年(2016年)も台風18号が過ぎ、続く19・20号は…?の狭間・幸い好天に恵まれての10月10日に行なわれた。柏原藩は織田信長の弟:信包(のぶかね)が慶長3年(1598)伊勢の安濃津から36000石で移封されて柏原藩が立藩したが、信包の孫:信勝が三代目を継ぐが若くして死去・継嗣・嗣子なく廃藩・45年ばかり幕府領(天領)となっていた。
  旧大手会館前にて…織田家18代当主と浅野三姉妹
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元禄8年(1695)大和宇陀の松山城藩5代藩主:織田信休が宇陀騒動(宇陀崩れ)により2万石に減額されての転封。ともに織田家の為柏原藩については:信包-信勝三代の前期柏原藩織田家【織田神社・信勝宝篋印塔】・信休-信親10代の後期柏原藩織田家【織田家廟所】に分けて考察する必要はあります。
   藩陣屋:御殿前にて…甲冑武者は未だ自治会館で出立準備中!!
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今日の”織田まつり”主役は前期織田信包だが、前期三代を祀る木の根橋向いの織田神社・織田権現の御開帳!!(厨子の扉を開ける必要はないが)や、神社内部に飾られる名士の書額等…も拝見できれば…とも思うが通年同じ!?。織田まつりは信長の弟:織田信包を柏原藩初代藩主として迎えての「藩祖信包武者行列」が柏原の街中を練り歩きます。鳴りものは法螺貝とドンドン・カッカ…と響き渡る、単調だが印象に残る太鼓の響きは、小さな町の祭りだが本格的な古式イメージで効果は大きい。
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柏原藩陣太鼓の「出陣」に藩陣屋長屋門からスタートする武者行列だが、肝心の前期三代織田家は禄高で城は持てず・陣屋も立てられず、領内庄屋宅等を仮住まい…藩陣屋が建ったのは天領期を挟んで後期織田家の信休(のぶやす)が松山城から転封され、更に19年後にやっと幕府から許可を得て正徳3年(1713)に完成。
元来は全国に三社しかない織田信長を祭神とする建勲神社の例祭として始められたのが”柏原藩織田まつり”の筈?だが此処も平常時と変わらず人影なし。
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「織田まつり」関係者の控部屋でもある柏原自治会館駐車場の東側が”建勲神社”なのだが…武者等参加者は気にする様子もなく?大手通の鳥居まえを素通り…。柏原藩陣屋を発つ武者行列が先ず進行する大手筋に面して鳥居/其の奥に”建勲神社”が鎮座するが…行列はそのまま参道前を素通りしていくよう?。…建勲神社の祭礼で行われてきた武者行列では織田藩最後の藩主信親公の孫にあたる信和氏と(少年時代!!の)長男信孝氏も参列されている。
   出陣前セレモニー:「薩南塩釜流居合道」による青竹切り…etc
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今年の「柏原藩織田まつり」にも昨年に続き信長の二男?信雄直系の第18代当主:信孝氏が殿(信包)として参列されている。2010年からは:翌2011年に始まる大河ドラマ江姫(三代将軍家光の母)により、茶々・初・江の(小谷城城主浅井長政の妻:お市の方<信長の妹>の)浅井3姉妹が参列して以後は時代行列に華を添え盛り上げる。織田・徳川VS浅井・朝倉による姉川合戦と小谷城落城・浅井家は滅亡…お市の方と浅井三姉妹を10数年?養育したのが伊勢:安濃津城主:織田信包。
   挟み箱・毛槍を先頭に長屋門前を出立つ
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織田信長・信雄に仕えた家臣:尾張大野城主佐治与九郎が信長の姪:浅井三姉妹の一「江」の最初の夫君で、秀吉命により「江」を妻とし、秀吉命により離縁させられるが(通説!?)、柏原町に”お江”と関連つける所縁はないと思うが、佐治与九郎はやがて信包を頼り柏原に移ると参勤交代等で留守を守る柏原範筆頭家老ともなった人物。
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今年の武者行列には竹中工務店の創始者ともなる竹中藤兵衛正高!!?がクローズアップされ子供武者に続いて参列。軍師:竹中半兵衛との関係等は知らないが、本能寺に信長が斃れ・秀吉の天下となると、赤松浪人の様に:織田家以外に仕えることなく、浪人となっても織田家再興を願い尽くす旧家臣のなかに竹中正高もいたようだ。
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信長幕下の普請奉行を務めていた竹中正高は、実権が秀吉・さらに家康にと変遷するなか、武士をやめ、明治期まで「大隅屋」と呼ばれた大隅流大工の棟梁として慶長10年(1610)創業されたのが現:竹中工務店。後期織田家の柏原藩邸(陣屋)は正徳年間造営なので、竹中家2代目?が織田家藩邸普請の指揮に当たっていたのなら素晴らしい「まつり」の華となるのだが?。地元柏原には京都大工頭として法隆寺の修理・江戸城・日光東照宮・大坂城の築城等にも関わっている宮大工中井一党の拠点。
  6年程前?から出場の二人の「くノ一」は参加者装束や足元の着崩れ等にも気をつかう介添人。
  見学する子供達へは手裏剣代わりの折り紙細工を投げる等…甲斐甲斐しい
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陣屋築造に関わったかは不詳だが、後の中井権次で継がれる寺社彫刻では有名ですね?。前期・後期を問わず祭神:信長の建勲神社の祭礼が元々であれば…隠れた逸材の武将や其の流れをくむ名将・名士等の出現は嬉しい。織田の武者行列なら是非に付随させたい人物が他にも数人はいるんですが…
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柏原高校生等による”茶ッカソンin 柏原”…というアイデアソンが行われていたようなので、此のイベントについては、城下町(城こそ築かれなかったが…)柏原の歴史風土を活かし、郷土愛を育くむ一端になれば…とテーマの参考になれば幸い…と、色々と書き綴ってみたが
  過去の「柏原藩織田まつり」ブログ   ↓
柏原:織田まつり 2007 http://40437108.at.webry.info/200710/article_7.html
柏原藩織田まつり 2008 http://40437108.at.webry.info/200810/article_5.html
柏原藩織田まつり 2012 http://40437108.at.webry.info/201210/article_16.html
柏原藩織田まつり 2013 http://40437108.at.webry.info/201310/article_12.html
   2014年は台風接近で中止
柏原藩織田まつり 2015   http://40437108.at.webry.info/201510/article_6.html

 詳細ホームページ  ↓
柏原藩陣屋 http://tanbakiri.web.fc2.com/TANBA-yuzurihayama-docu.htm
柏原藩織田まつり http://kirinosato.fc2web.com/kaibara-odahan-Fes.htm

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