小野藩陣屋 Ⅱ

神戸電鉄小野駅西出口のロータリーから南へは真っ直ぐに緩やかな下り坂が続く。昨年も小野アルプス麓にあるの鴨池畔の一軒家レストランプラートカフェに向かった車道。小野駅西出口から約450m程・神明町途中にカフェ レストランりとるきっちんへも立ち寄った。 
陣屋の濠ともなった雁又中ノ池
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駅前ロータリーの右手(西側)歩道陸橋が小野市立好古館・市立小野小学校への連絡橋。一帯が承応2年(1653)近世陣屋が構築された一柳家小野藩陣屋跡ですが、一柳氏が播磨国加東郡28600石の所領を与えられて着任した敷地陣屋について、
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小野一柳藩を立藩して約10年余で現在地(西本町)に移った経緯等は、先のブログ小野藩陣屋Ⅰ 敷地陣屋を参照してください。敷地陣屋は要害にあらず…と承応2年(1653)丘陵部の先端:三方を崖に囲まれた門前村(現:小野小学校の地)に陣屋を移した。
   一柳先祖を祀る磐代神社
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東側(現:神戸電鉄小野駅側)にある雁又中ノ池(前後に有った二つの池は消滅か?、3つの池)は濠ともなっていた。また其の東方(現:小野市街地)に商家を誘致する等…城下町形成、産業の奨励は小野市特産の算盤・金物業の発達にもみられる。
   
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小野藩初代直家より敷地陣屋(大部小学校付近)が置かれていたのはわずか十年、要害の地(現西本町の小野小学校付近)に陣屋を移してのち11代末徳まで約230年間続き、明治2年(1869)版籍奉還で藩知事となり、明治4年廃藩置県により小野県となり藩政は終わりを遂げ、末徳は上京します。
(現地:敷地陣屋跡案内板・Wikipedia・小野市史・小野市公式サイト…等参照)

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