鬼が担いできた小さな二つの山 丹波市

安全山537mや弘浪山(高山寺城)への登山道からは、丹波霧の底に沈む氷上盆地の麓が少しずつ開けてくると、平地の集落や田園風景が拡がるなかに鬼が担いできた 小さな二つの山甲賀山(高岡山)と明治山(犬岡山)が小島のように浮かんで見える。
 葛野川と佐治川(加古川)合流点から画面中央奥に甲賀山・右に明治山(犬岡山)
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あまんじゃこの長石多可郡にも二つの山・中村構居のある<岡山>)と奥中南の太子山<丸山>を長い石の天秤棒を使って持ち上げた話があるが、丹波市にも甲賀山・明治山(犬岡山)を鬼が天秤で此処まで担いできたがこの辺り大昔は湿地帯で、
   宿場町風情が残る甲賀山西山麓の成松:甲賀山宗蓮寺
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泥田のため足が抜けず動けなくなり、小さな二つの小山を諦めて置いていったという話。鬼は何に使う心算だったんでしょうか?。ところで此の二つの山:高岡山(甲賀山)名称は甲賀(滋賀)の士が此処に屋敷を構えていたことによるという。
  二つの山は共に愛宕社が祀られる
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伊賀なら赤井・荻野氏の関連も視野に入るが…?。明治山(犬岡山)は柏原藩後期織田家が陣屋を構えるべく視察したが諦め・場所を柏原に移したと云う。旧佐治川はじめ甲賀の武士・両山上に祀られる愛宕山・犬岡山(いぬかやま)の…を結びつけるのに、丹波国氷上郡佐治郷に起こ足立氏一族の佐治氏との関連性があるそう?。
  佐治川(現:加古川)から明治山(犬岡山)
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佐治城(近江国甲賀郡佐治庄佐治村)を居城に六角氏に仕え(桓武平氏流佐治氏を参考)為政が織田信長に属し後:「小牧・長久出の戦い」では織田信雄・徳川家康勢に付く(略)が敗れ秀吉に領地を没収された為、佐治城に籠って抵抗するが敗退。
  明治山最高点の4等三角点と明治山古墳
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追放された佐治(譽九郎)一成は信長の弟で叔父・織田信包の(丹波<前期>柏原藩筆頭家臣)として仕え、浅井長政の娘:江(大河ドラマで知られるが…)を妻としたが、形式だけの結婚で譽九郎だけが丹波柏原藩織田家の留守居役を務めていたよう。犬岡山の名が父:信方の室(信長の妹・犬)との関連を想像する。
  犬岡山城主郭!?東面の空堀と土塁
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近江佐治城の中腹に常楽寺があるが、甲賀山の西には「常楽」地名がある。山頂には愛宕山が祀られ、甲賀山・犬岡山共に甲賀の士:佐治<譽九郎>一成に繋がる…?。しかし二つの山は近在の荻野氏・赤井氏・本郷氏や天正の乱に明智と戦うが討死した成松城(平城)勝田勘八郎にも繋がる!?中世砦・山城跡が想定出来る。

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